私の生きる理由 ~君の鼓動に、永遠の愛を誓って~
澪音に連れられてやってきたのは、都内の一等地にある会員制のカフェだった。
看板には控えめに『Ciel(シエル)』とある。
一見客はお断りの重厚な扉を、澪音は何の躊躇いもなく開けた。店員が驚いたように頭を下げるが、彼女は人差し指を唇に当てて制する。
「…ここは?」
「静かに話せる場所です。私の…知人が、経営に関わっていて」
嘘ではないが、真実でもない。ここは天城グループ直営のサロンだ。
個室に通された二人の間に、温かいカフェオレが運ばれてくる。
桜介は、目の前の女性を改めて見つめた。
分厚い眼鏡はそのままだが、スーツの仕立ても、カップを持つ所作も、とても清掃員とは思えない気品に満ちている。
「…君は、一体何者なんだ?あのフランス語といい、この場所といい」
「私は、しがない派遣社員です。昔、少しだけ恵まれた環境にいたこともありましたが…今は、ただの天城澪音です」
彼女は頑なに一線を引こうとする。
だが、桜介にはそれが謙遜ではなく、自分を罰しているかのように見えた。
「…昼間は、ありがとう。君のおかげで、救われた気がした」
「出過ぎた真似をしました。…あの方の言葉が、あまりに汚らしかったので」
澪音は伏し目がちに言う。
桜介は温かいカップを両手で包み込み、堰を切ったように語り出した。
「彼女は…俺の元妻なんです。2年前に離婚しました。僕を裏切り、母を侮辱した。…僕は、二度と人を信じないと決めていた。感情なんて、邪魔なだけだと」
桜介の声が震える。
誰にも言えなかった弱音。それを、なぜかこの女性にはさらけ出してしまう。
「でも、君を見ていると…不思議なんだ。凍っていた何かが、溶かされていくような気がする。母が生きていた頃の、穏やかな時間を思い出すんだ」
その言葉を聞いた瞬間、澪音の手が震え、スプーンがカチャリと音を立てた。
彼女は胸元をぎゅっと握りしめ、苦しげに顔を歪める。
(…ごめんなさい。そんな風に思わないでください。私は、あなたのお母様の命を奪って生きている、罪深い人間なのに…)
心の中の声は、決して口には出せない。
自分は彼より五つも年上で、しかもドナーの家族という残酷な運命で繋がっている。この想いを受け入れる資格などない。
「…副社長。私は、あなたよりずっと年上です。それに、人には言えない過去もあります。…あまり、関わらない方がいい」
「関係ない」
桜介は強い眼差しで彼女を見据えた。
「年齢も、過去も関係ない。俺は、今の君を知りたい。…迷惑だろうか?」
その真っ直ぐな好意に、澪音の胸が高鳴る。
だが、それ以上に罪悪感が彼女を苛む。
彼女は立ち上がり、静かに頭を下げた。
「…今日は、もう失礼します。これ以上一緒にいると、あなたにご迷惑がかかりますから」
「天城さん!」
澪音は桜介の制止を振り切り、逃げるように個室を出て行った。
取り残された桜介は、彼女の残り香が漂う空間で、呆然と立ち尽くしていた。
だが、その瞳にはもう迷いはなかった。これほど心を揺さぶられる女性は、もう二度と現れないと確信していたからだ。
看板には控えめに『Ciel(シエル)』とある。
一見客はお断りの重厚な扉を、澪音は何の躊躇いもなく開けた。店員が驚いたように頭を下げるが、彼女は人差し指を唇に当てて制する。
「…ここは?」
「静かに話せる場所です。私の…知人が、経営に関わっていて」
嘘ではないが、真実でもない。ここは天城グループ直営のサロンだ。
個室に通された二人の間に、温かいカフェオレが運ばれてくる。
桜介は、目の前の女性を改めて見つめた。
分厚い眼鏡はそのままだが、スーツの仕立ても、カップを持つ所作も、とても清掃員とは思えない気品に満ちている。
「…君は、一体何者なんだ?あのフランス語といい、この場所といい」
「私は、しがない派遣社員です。昔、少しだけ恵まれた環境にいたこともありましたが…今は、ただの天城澪音です」
彼女は頑なに一線を引こうとする。
だが、桜介にはそれが謙遜ではなく、自分を罰しているかのように見えた。
「…昼間は、ありがとう。君のおかげで、救われた気がした」
「出過ぎた真似をしました。…あの方の言葉が、あまりに汚らしかったので」
澪音は伏し目がちに言う。
桜介は温かいカップを両手で包み込み、堰を切ったように語り出した。
「彼女は…俺の元妻なんです。2年前に離婚しました。僕を裏切り、母を侮辱した。…僕は、二度と人を信じないと決めていた。感情なんて、邪魔なだけだと」
桜介の声が震える。
誰にも言えなかった弱音。それを、なぜかこの女性にはさらけ出してしまう。
「でも、君を見ていると…不思議なんだ。凍っていた何かが、溶かされていくような気がする。母が生きていた頃の、穏やかな時間を思い出すんだ」
その言葉を聞いた瞬間、澪音の手が震え、スプーンがカチャリと音を立てた。
彼女は胸元をぎゅっと握りしめ、苦しげに顔を歪める。
(…ごめんなさい。そんな風に思わないでください。私は、あなたのお母様の命を奪って生きている、罪深い人間なのに…)
心の中の声は、決して口には出せない。
自分は彼より五つも年上で、しかもドナーの家族という残酷な運命で繋がっている。この想いを受け入れる資格などない。
「…副社長。私は、あなたよりずっと年上です。それに、人には言えない過去もあります。…あまり、関わらない方がいい」
「関係ない」
桜介は強い眼差しで彼女を見据えた。
「年齢も、過去も関係ない。俺は、今の君を知りたい。…迷惑だろうか?」
その真っ直ぐな好意に、澪音の胸が高鳴る。
だが、それ以上に罪悪感が彼女を苛む。
彼女は立ち上がり、静かに頭を下げた。
「…今日は、もう失礼します。これ以上一緒にいると、あなたにご迷惑がかかりますから」
「天城さん!」
澪音は桜介の制止を振り切り、逃げるように個室を出て行った。
取り残された桜介は、彼女の残り香が漂う空間で、呆然と立ち尽くしていた。
だが、その瞳にはもう迷いはなかった。これほど心を揺さぶられる女性は、もう二度と現れないと確信していたからだ。