私の生きる理由 ~君の鼓動に、永遠の愛を誓って~
3
澪音との逢瀬から一週間。
彼女の姿は、忽然と緑川グローバル本社から消えた。
清掃カートを押す儚げな背中も、廊下の片隅にひっそりと生けられていた季節の花々も、もうどこにもない。
無機質なオフィスは、ただの「職場」に戻ってしまったようだった。
「…なぁ、あの清掃員の人、最近見なくないか?」
「ああ、あの眼鏡の人だろ?冴えない格好だったけど、近くで見ると肌が透き通るみたいに綺麗だったよな」
給湯室の近くで、若手社員たちが小声で噂をしているのを桜介は耳にした。
「俺さ、実は話がしたくて、わざとぶつかるふりしたことあるんだよ」
「えっ、お前もか?実は俺も…だって、普通に話しかける度胸なくてさ」
「フランス語やドイツ語まで話してただろ?一体何者だったんだろうな…」
社員たちの声には、明らかな喪失感が滲んでいた。
彼女を「トロい」「暗い」と馬鹿にしていた女子社員たちでさえ、今は沈んでいる。彼女がこっそり飾っていたラベンダーや百合の花に、実は誰もが癒やされていたのだ。
「今度会ったら、意地悪したこと謝ろうと思ってたのに……」そんな呟きも聞こえてくる。
澪音という存在は、いつの間にかこの冷たいビルの「心」になっていたのだ。
桜介自身もまた、心にぽっかりと穴が開いたような日々を送っていた。
仕事をしていても、ふとした瞬間に彼女の残り香を探してしまう。あのカフェで聞いた、悲しげな声が耳から離れない。
「桜介。…少し、顔色が悪いぞ」
社長室で、父の忍が心配そうに声をかけてきた。
「実はな、この前。お前が素敵な女性と一緒にいるところを見たんだ」
「え?見ていたんですか」
「ああ。カフェに入っていくお前たちの姿をな。お前が女性に対して、あんなに必死な顔をするのは初めて見たよ。…相手は、私でも胸がきゅんとするような、凛とした女性だった」
桜介は言葉を詰まらせ、俯いた。
「…彼女は、俺を拒絶しています。俺が近づくと、逃げてしまうんです」
「押しが足らんなぁ。まあ、それだけお前が本気で、慎重になっている証拠だ」
「…もう、誰も好きになんてなれないと思っていました。でも…」
言葉が続かない。認めるのが怖かった感情が、堰を切って溢れ出してくる。
忍はゆっくりと歩み寄り、震える息子の肩に手を置いた。
「止まっていた時間が動き出しただけだ。桜介、何も恐れることはない。自分に正直になればいい」
自分に、正直に。
その言葉が、桜介の胸に深く突き刺さった。
彼女の姿は、忽然と緑川グローバル本社から消えた。
清掃カートを押す儚げな背中も、廊下の片隅にひっそりと生けられていた季節の花々も、もうどこにもない。
無機質なオフィスは、ただの「職場」に戻ってしまったようだった。
「…なぁ、あの清掃員の人、最近見なくないか?」
「ああ、あの眼鏡の人だろ?冴えない格好だったけど、近くで見ると肌が透き通るみたいに綺麗だったよな」
給湯室の近くで、若手社員たちが小声で噂をしているのを桜介は耳にした。
「俺さ、実は話がしたくて、わざとぶつかるふりしたことあるんだよ」
「えっ、お前もか?実は俺も…だって、普通に話しかける度胸なくてさ」
「フランス語やドイツ語まで話してただろ?一体何者だったんだろうな…」
社員たちの声には、明らかな喪失感が滲んでいた。
彼女を「トロい」「暗い」と馬鹿にしていた女子社員たちでさえ、今は沈んでいる。彼女がこっそり飾っていたラベンダーや百合の花に、実は誰もが癒やされていたのだ。
「今度会ったら、意地悪したこと謝ろうと思ってたのに……」そんな呟きも聞こえてくる。
澪音という存在は、いつの間にかこの冷たいビルの「心」になっていたのだ。
桜介自身もまた、心にぽっかりと穴が開いたような日々を送っていた。
仕事をしていても、ふとした瞬間に彼女の残り香を探してしまう。あのカフェで聞いた、悲しげな声が耳から離れない。
「桜介。…少し、顔色が悪いぞ」
社長室で、父の忍が心配そうに声をかけてきた。
「実はな、この前。お前が素敵な女性と一緒にいるところを見たんだ」
「え?見ていたんですか」
「ああ。カフェに入っていくお前たちの姿をな。お前が女性に対して、あんなに必死な顔をするのは初めて見たよ。…相手は、私でも胸がきゅんとするような、凛とした女性だった」
桜介は言葉を詰まらせ、俯いた。
「…彼女は、俺を拒絶しています。俺が近づくと、逃げてしまうんです」
「押しが足らんなぁ。まあ、それだけお前が本気で、慎重になっている証拠だ」
「…もう、誰も好きになんてなれないと思っていました。でも…」
言葉が続かない。認めるのが怖かった感情が、堰を切って溢れ出してくる。
忍はゆっくりと歩み寄り、震える息子の肩に手を置いた。
「止まっていた時間が動き出しただけだ。桜介、何も恐れることはない。自分に正直になればいい」
自分に、正直に。
その言葉が、桜介の胸に深く突き刺さった。