私の生きる理由 ~君の鼓動に、永遠の愛を誓って~
 ホテルの裏口から出ると、外はいつの間にか雪が舞っていた。
 ホワイトクリスマス。
 冷たい風の中、黒塗りの車に乗り込もうとする澪音の姿を見つけた。

「澪音…また、俺から逃げていくのか?」

桜介の呼びかけに、澪音は足を止め立ち止まった。

「…助けてくれて、ありがとう。…」
「お礼を言われることは、何もありません。…私は…恩を返しただけです…」

桜介はそっと澪音に歩み寄った。
そして、ぎゅっと後ろから抱きしめた。

「俺を避けていたのは、母さんの事があったからなんだね?それなら、もういいよ…」
「…あなたの大切なお母さまの…命を、私なんかが…」
「それは、運命だっただけだ。母さんは、命が尽きるまで人の役に立ちたいって言っていた。ドナー登録をした時から覚悟を決めていたことだ。誰も悪くない」
「だって…あなたが、とても悲しそうに泣いていたのを…見たから…」
「え?」
「お母さまを亡くされて…お墓の前で、泣いているあなたを見ました。その時…私なんかの為に…こんなに悲しませてしまったと…ずっと…自分を責めていました…」

桜介は思い出した。
母が亡くなったとき、桜介はドナー登録をしていたことから、すぐに体はバラバラにされた。
母の亡骸に触れる間もなかった。
仕方がないと自分に言い聞かせていたが、1人、母のお墓に来た時。
込みあがる悲しみが爆発したことがあった。
もっと一緒にいたかった…もっと…もっと話したいこともあったのにと…。

そんな桜介の姿を澪音は見ていたのだ。
「…そうか。…それで、俺の事を避けていたんだ。…」
「ごめんなさい…私…」
「もういい、何も言うな。俺の気持ちは、全く変わっていない。今でも…澪音を愛している…きっと、永久にこの気持ちは変わらない」

 抱きしめている桜介の腕に力が入る。

 澪音はゆっくりと桜介に振り向いた。
 その顔は涙で濡れていた。

 桜介は澪音の顔を両手で包み込み、瞳を覗き込んだ。

「俺は、母さんの心臓があるから君を好きになったんじゃない。…天城澪音という1人の女性に、恋をしたんだ」

 澪音の目から、大粒の涙が溢れ出す。

「…清掃員の姿で、一生懸命床を拭いていた君。不条理に立ち向かい、フランス語で言い返した君。…そして今、震えながら泣いている君。…全部、愛おしい」
「…緑川、副社長…」
「俺には、君が必要だ。君の過去も、罪悪感も、全部俺が背負う。…だから、お願いだ。俺のそばで生きてくれ」

 桜介の真摯な言葉が、凍りついていた澪音の心を溶かしていく。
 それでも、彼女はまだ迷っていた。
 自分のような人間が、彼の隣にいていいはずがないと。

「…ですが、副社長。私はあなたより年上で、それに、会社のためにも…」

 うつむき、頑なに役職で呼ぶ澪音の言葉を、桜介は強い口調で遮った。

「もう、その呼び方はやめてくれ」

 澪音が驚いて顔を上げる。

「え?」
「俺は今、副社長としてここにいるんじゃない。ただの一1人の男として、ここにいるんだ。…だから」

 桜介は澪音の手を取り、強く握りしめた。

「名前で、呼んでほしい」

 澪音の瞳が揺れる。
 副社長と、清掃員…被害者遺族と、ドナー移植者…年下と、年上。
 その間にあった高い壁を、彼自身が壊そうとしている。

 彼女は震える唇を開いた。
 雪が静かに降り積もる中、小さな、けれど確かな声が紡がれる。
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