私の生きる理由 ~君の鼓動に、永遠の愛を誓って~
 応接室に客を引き渡した澪音が、廊下に戻ってくる。
 桜介は思わず彼女の前に立ちはだかった。

「…君、今のフランス語は」

 澪音は桜介の姿を見て、びくりと身を縮こまらせた。
先ほどの凛とした姿は消え失せ、いつもの「冴えない清掃員」に戻っている。

「あ、あの…昔、少しテレビで見たのを真似しただけで…。失礼します!」

 彼女は顔を伏せ、逃げるように清掃カートを押して走り去った。
 
その背中を見送りながら、桜介の胸の鼓動がまた早くなる。
 謎めいた彼女への興味。
 そして、彼女が近くにいるだけで感じる、不思議な安らぎ。

 だが、その安らぎは、直後にもたらされた報告によって粉々に打ち砕かれた。

 社長室に呼び出された桜介を待っていたのは、沈痛な面持ちの忍だった。
 デスクの上には、先ほどのフランス人男性が持参した親書と、一枚の写真が置かれている。

「…桜介。落ち着いて聞いてくれ」

 忍の声が重く響く。

「ミシェルナ・グループとの提携話だが…。先方の代表夫人、『ソノコ・ミシェルナ』の正体が判明した」
「…正体?」

 嫌な予感が背筋を駆け上がる。
 桜介はデスクの上の写真を手に取った。
 そこに写っていたのは、派手なドレスに身を包み、勝ち誇ったような笑みを浮かべる女。
 整形で多少顔立ちは変わっているが、その下卑た瞳の色だけは見間違えようがない。

「…楠箕田、園子」

 口から出た名前は、呪詛のように響いた。
 2年前に自分を裏切り、他の男の子供を桜介の子と偽り、会社に損害を与えて追放された元妻。
 実家が破産し、海外へ逃亡したと聞いていたが、まさか別の男に取り入り、あろうことか大口取引先として戻ってくるとは。

「彼女は、我々への復讐を企んでいるようだ。この提携を使って、緑川グローバルを内部から食い荒らすつもりだろう」

 忍の言葉に、桜介の手の中で写真がくしゃりと握りつぶされた。
 血管が切れそうなほどの怒りが沸き上がる。
 結婚後に母の遺産が入っている通帳を見てにやりとほくそ笑んだ園子、そして彼女の不貞を知った時の絶望。
 それらが鮮明に蘇る。
< 8 / 23 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop