執着系御曹司は最愛の幼馴染みを離さない
「今日、悠真は家にいたの?」
「うん、いたよ。帰りに迎えに行くって言ってたけど、そんなに暇じゃないのにね」
「悠真は杏を本当の妹みたいに思ってるものね。でも、彼の妹として一緒に暮らせるのもあと三カ月だし、杏もいつまでも甘えていないで、悠真と離れる準備はしておかないとね」
「うん……そうだよね」
杏は大学を卒業したら名波家を出て、ひとり暮らしをするつもりだ。
伊智子や泰之は好きなだけ家にいていいと、家族みたいなものだからと言ってくれるが、本当の家族でもない自分がいつまでも彼らに甘えるわけにはいかない。
「それで、就活はどう?」
「全然、ダメ。またダメだった」
「そう……残念ね」
「なにか私に問題でもあるのかな……」
友人たちは夏頃にすでに内定をもらっており、杏に同情的な視線を向けてくる。
杏が在籍する国際学部には多種多様な学生がおり、夏休みには海外研修があった。おかげで英語なら問題なく話せるし、第二外国語として選択しているフランス語も日常会話程度なら話せる。そのための費用を出してくれたのも当然、名波家だ。
大企業の内定を勝ち取り、今まで育ててくれた彼らに恩返しをしようと意気込んでいたのだが、四年の冬になっても大企業どころか中小企業にさえ見向きもされない。
悠真に能力を買われる美月が羨ましい。悠真が杏をうちにと誘ってくれるのは、杏の能力を欲してではない。庇護する相手として杏を見ているからである。
「悠真くん、私が内定をもらえないって知って、名波総建にコネ入社させようとするんだよ。私が、あんな大企業に行けるわけないのにね」
「杏を……うちに?」
美月は不快そうに眉を寄せ、思案するような顔をして指先で顎に触れた。
「まさか、受けないわよね?」
美月がコネ入社に嫌悪感を抱くのも当然だ。学生の売り手市場とはいえ、その分、大企業の競争は激化している。
己の能力で内定を勝ち取った美月からしたら、そんな話を聞いて気分がいいはずがない。
「受けるわけないよ」
すると美月が胸を撫で下ろした。
「そう、よかったわ……ねぇ、杏」
「なに?」
「……言いにくいんだけど、私、そろそろ悠真との結婚を考えているの。ご両親への挨拶はこれからなんだけどね。プロポーズされたのよ」
杏はテーブルに向けていた視線を勢いよく上げた。聞き間違いだと思いたいあまり美月の顔を窺うと、美月が申し訳なさそうな顔をする。
「プロポーズ……悠真、くんが?」
「えぇ、これ、彼にもらったの」
彼女の左手の薬指には銀色に光る指輪があった。小ぶりだが質のよさそうなダイヤモンドが中央にあしらわれている。
杏は動揺のせいでなにを言えばいいのか、なにから聞けばいいのかさっぱりわからず、ただただ美月の顔を凝視することしかできない。
(悠真くん……美月さんと、結婚するの?)
杏はふたりが付き合っていることも知らなかった。
名波家の門の前で話すふたりを見た時、もしかしたらとも思った。
だが、杏が美月と親しくなってからも、悠真の口から美月の話題が出ることはなく、また美月は悠真を友人だと言っていたため、杏はそれを信じていたのだ。
(いつから付き合ってたんだろう……大学の頃からかな)
悠真はどうして杏になにも教えてくれなかったのか。
(わざわざ、私に言うことじゃないか……)
こんな日がいつか来ると覚悟していた。
それなのに、いざとなると祝福の言葉さえ出てこない。
ふたりが結婚して夫婦になるのを見るのが、いやでいやで仕方がない。
きっと心のどこかに驕りがあったのだろう。立場が違っても、杏は名波家に身内として扱われている。悠真に一番近いのは自分だと。
(恥ずかしい……っ)
杏の胸に募っていった恋心が、薄氷がひび割れるように砕け散る。
「うん、いたよ。帰りに迎えに行くって言ってたけど、そんなに暇じゃないのにね」
「悠真は杏を本当の妹みたいに思ってるものね。でも、彼の妹として一緒に暮らせるのもあと三カ月だし、杏もいつまでも甘えていないで、悠真と離れる準備はしておかないとね」
「うん……そうだよね」
杏は大学を卒業したら名波家を出て、ひとり暮らしをするつもりだ。
伊智子や泰之は好きなだけ家にいていいと、家族みたいなものだからと言ってくれるが、本当の家族でもない自分がいつまでも彼らに甘えるわけにはいかない。
「それで、就活はどう?」
「全然、ダメ。またダメだった」
「そう……残念ね」
「なにか私に問題でもあるのかな……」
友人たちは夏頃にすでに内定をもらっており、杏に同情的な視線を向けてくる。
杏が在籍する国際学部には多種多様な学生がおり、夏休みには海外研修があった。おかげで英語なら問題なく話せるし、第二外国語として選択しているフランス語も日常会話程度なら話せる。そのための費用を出してくれたのも当然、名波家だ。
大企業の内定を勝ち取り、今まで育ててくれた彼らに恩返しをしようと意気込んでいたのだが、四年の冬になっても大企業どころか中小企業にさえ見向きもされない。
悠真に能力を買われる美月が羨ましい。悠真が杏をうちにと誘ってくれるのは、杏の能力を欲してではない。庇護する相手として杏を見ているからである。
「悠真くん、私が内定をもらえないって知って、名波総建にコネ入社させようとするんだよ。私が、あんな大企業に行けるわけないのにね」
「杏を……うちに?」
美月は不快そうに眉を寄せ、思案するような顔をして指先で顎に触れた。
「まさか、受けないわよね?」
美月がコネ入社に嫌悪感を抱くのも当然だ。学生の売り手市場とはいえ、その分、大企業の競争は激化している。
己の能力で内定を勝ち取った美月からしたら、そんな話を聞いて気分がいいはずがない。
「受けるわけないよ」
すると美月が胸を撫で下ろした。
「そう、よかったわ……ねぇ、杏」
「なに?」
「……言いにくいんだけど、私、そろそろ悠真との結婚を考えているの。ご両親への挨拶はこれからなんだけどね。プロポーズされたのよ」
杏はテーブルに向けていた視線を勢いよく上げた。聞き間違いだと思いたいあまり美月の顔を窺うと、美月が申し訳なさそうな顔をする。
「プロポーズ……悠真、くんが?」
「えぇ、これ、彼にもらったの」
彼女の左手の薬指には銀色に光る指輪があった。小ぶりだが質のよさそうなダイヤモンドが中央にあしらわれている。
杏は動揺のせいでなにを言えばいいのか、なにから聞けばいいのかさっぱりわからず、ただただ美月の顔を凝視することしかできない。
(悠真くん……美月さんと、結婚するの?)
杏はふたりが付き合っていることも知らなかった。
名波家の門の前で話すふたりを見た時、もしかしたらとも思った。
だが、杏が美月と親しくなってからも、悠真の口から美月の話題が出ることはなく、また美月は悠真を友人だと言っていたため、杏はそれを信じていたのだ。
(いつから付き合ってたんだろう……大学の頃からかな)
悠真はどうして杏になにも教えてくれなかったのか。
(わざわざ、私に言うことじゃないか……)
こんな日がいつか来ると覚悟していた。
それなのに、いざとなると祝福の言葉さえ出てこない。
ふたりが結婚して夫婦になるのを見るのが、いやでいやで仕方がない。
きっと心のどこかに驕りがあったのだろう。立場が違っても、杏は名波家に身内として扱われている。悠真に一番近いのは自分だと。
(恥ずかしい……っ)
杏の胸に募っていった恋心が、薄氷がひび割れるように砕け散る。