執着系御曹司は最愛の幼馴染みを離さない
大学四年生になった杏は、いつかのような十二月の曇天を仰ぎ、ため息をついた。
今日のような空を見ると気が塞ぐのは、祖父母が亡くなった日を思い出すからだ。念のため折り畳み傘をバッグに入れて、玄関の鍵をかけて門へ向かった。
「杏」
杏が門に手をかけた時、背後から自分を呼び止める声がかかった。
「悠真くん」
「出かけるのか?」
「うん、気分転換に美(み)月(つき)さんとお茶してくるね」
小宮山美月は高校時代に知り合った友人だ。美月は悠真と同じ大学の友人らしく、悠真が不在の際に名波家を訪れた彼女を応対したのをきっかけに仲よくなった。
悠真に女性の友人がいると考えると複雑だが、さばさばした性格の美月は話しやすく、年上の彼女になにかと相談に乗ってもらっている。
「そうか。天気も悪いし、帰る時は連絡しろよ。迎えに行くから」
杏は顔に苦笑を浮かべて、首を横に振った。祖父母が亡くなってからの悠真は、ますます杏を妹扱いしてくる。自分が守らなければと思ってくれるのは嬉しいが、いまだに恋心を昇華できていない杏の胸中は複雑だ。
二十五歳になった悠真は名波総建の生産技術部部長として、建築ロボットの開発に取り組んでいると伊智子から聞いた。忙しい彼を煩わせる真似はできない。
(優しさを勘違いしちゃダメ)
悠真は幼い頃から一緒に育ってきたため、兄妹のような気安さがあるし、杏を本当の身内のように思ってくれているが、それでも名波家の跡継ぎである悠真と、使用人の孫である杏では立場が違いすぎる。
だから祖父母は亡くなるまでずっと、杏に悠真との立場の違いを言って聞かせていたのだと今ならわかる。恋をして杏が傷つかないように守ろうとしてくれただけ。
それでも年々積み重なっていく恋心は、なかなか消えてくれない。
「大丈夫。ひとりで帰れるよ。それに、私、この時期でもまだ内定もらってないでしょ。考えすぎても煮詰まるだけって美月さんにも言われてるから、一時間だけお茶してくる」
「それなら、うちに来ればいいと言っただろう」
何度目かの言葉にますますため息が漏れた。
「行かないよ。コネで就職できたって嬉しくない。じゃあ、もう行くから」
たくさんの大手企業から〝いらない〟と烙印を押され続けている杏を、大企業である名波総建がコネで雇うだなんて。いくら幼馴染みだとしても行きすぎである。
とはいえ、就職活動がうまくいっていない焦りはある。だから今日、名波総建の内定を実力で勝ち取りもぎ取り、現在は秘書室で働いている小宮山美月に相談できたらと思っていたのだ。
杏は新(しん)宿(じゅく)駅に着くと、改札を出て、美月との待ち合わせ場所であるカフェを探す。
西口を出てしばらく歩き駅構内を歩き回り、ようやく目的のカフェを見つけた。美月に着いたとメッセージを送ると、中で待っていると返される。
杏は注文を済ませてドリンクを受け取り、二階席に上がった。
「美月さん、ごめん、待たせちゃった?」
美月を見つけ、片手を挙げて近付く。
「ううん、暇だったから買い物して早めに来たのよ。気にしないで」
椅子を引いて腰を下ろし、杏は向かいに座る美月に視線を移す。
(やっぱり、大人だなぁ)
美月は悠真と同い年の二十五歳。毛先だけ巻いた長い髪を後ろで緩く留めている。
目鼻立ちの整った美人のため濃い化粧をする必要がないのだろう。眉は少し厚めに描いているが、まつげは自然のまま、リップもベージュ系とおとなしめだ。
それなのに華やかさがあるのは、大胆な赤のニットとスリットの入ったスカートのせいかもしれない。
「仕事忙しい?」
「そうね。責任のある仕事を任せられるようになってきたから。そのうち社長の跡を継いだ悠真の専属秘書になるかもしれないわ」
「えぇ、すごい! おめでとう!」
美月はなんでもないことのように口にするが、名波総建の秘書室で責任ある仕事を任せられるなんて、よほど優秀でなければ無理だ。少なくとも二十社から不採用通知が届いた自分とは天と地ほども差がある。
「ふふ、ありがとう」
美月を祝う気持ちは本心だが、今の自分の状況を顧みると、比べても仕方がないとわかっていても、勝手に劣等感を抱いてしまう。
今日のような空を見ると気が塞ぐのは、祖父母が亡くなった日を思い出すからだ。念のため折り畳み傘をバッグに入れて、玄関の鍵をかけて門へ向かった。
「杏」
杏が門に手をかけた時、背後から自分を呼び止める声がかかった。
「悠真くん」
「出かけるのか?」
「うん、気分転換に美(み)月(つき)さんとお茶してくるね」
小宮山美月は高校時代に知り合った友人だ。美月は悠真と同じ大学の友人らしく、悠真が不在の際に名波家を訪れた彼女を応対したのをきっかけに仲よくなった。
悠真に女性の友人がいると考えると複雑だが、さばさばした性格の美月は話しやすく、年上の彼女になにかと相談に乗ってもらっている。
「そうか。天気も悪いし、帰る時は連絡しろよ。迎えに行くから」
杏は顔に苦笑を浮かべて、首を横に振った。祖父母が亡くなってからの悠真は、ますます杏を妹扱いしてくる。自分が守らなければと思ってくれるのは嬉しいが、いまだに恋心を昇華できていない杏の胸中は複雑だ。
二十五歳になった悠真は名波総建の生産技術部部長として、建築ロボットの開発に取り組んでいると伊智子から聞いた。忙しい彼を煩わせる真似はできない。
(優しさを勘違いしちゃダメ)
悠真は幼い頃から一緒に育ってきたため、兄妹のような気安さがあるし、杏を本当の身内のように思ってくれているが、それでも名波家の跡継ぎである悠真と、使用人の孫である杏では立場が違いすぎる。
だから祖父母は亡くなるまでずっと、杏に悠真との立場の違いを言って聞かせていたのだと今ならわかる。恋をして杏が傷つかないように守ろうとしてくれただけ。
それでも年々積み重なっていく恋心は、なかなか消えてくれない。
「大丈夫。ひとりで帰れるよ。それに、私、この時期でもまだ内定もらってないでしょ。考えすぎても煮詰まるだけって美月さんにも言われてるから、一時間だけお茶してくる」
「それなら、うちに来ればいいと言っただろう」
何度目かの言葉にますますため息が漏れた。
「行かないよ。コネで就職できたって嬉しくない。じゃあ、もう行くから」
たくさんの大手企業から〝いらない〟と烙印を押され続けている杏を、大企業である名波総建がコネで雇うだなんて。いくら幼馴染みだとしても行きすぎである。
とはいえ、就職活動がうまくいっていない焦りはある。だから今日、名波総建の内定を実力で勝ち取りもぎ取り、現在は秘書室で働いている小宮山美月に相談できたらと思っていたのだ。
杏は新(しん)宿(じゅく)駅に着くと、改札を出て、美月との待ち合わせ場所であるカフェを探す。
西口を出てしばらく歩き駅構内を歩き回り、ようやく目的のカフェを見つけた。美月に着いたとメッセージを送ると、中で待っていると返される。
杏は注文を済ませてドリンクを受け取り、二階席に上がった。
「美月さん、ごめん、待たせちゃった?」
美月を見つけ、片手を挙げて近付く。
「ううん、暇だったから買い物して早めに来たのよ。気にしないで」
椅子を引いて腰を下ろし、杏は向かいに座る美月に視線を移す。
(やっぱり、大人だなぁ)
美月は悠真と同い年の二十五歳。毛先だけ巻いた長い髪を後ろで緩く留めている。
目鼻立ちの整った美人のため濃い化粧をする必要がないのだろう。眉は少し厚めに描いているが、まつげは自然のまま、リップもベージュ系とおとなしめだ。
それなのに華やかさがあるのは、大胆な赤のニットとスリットの入ったスカートのせいかもしれない。
「仕事忙しい?」
「そうね。責任のある仕事を任せられるようになってきたから。そのうち社長の跡を継いだ悠真の専属秘書になるかもしれないわ」
「えぇ、すごい! おめでとう!」
美月はなんでもないことのように口にするが、名波総建の秘書室で責任ある仕事を任せられるなんて、よほど優秀でなければ無理だ。少なくとも二十社から不採用通知が届いた自分とは天と地ほども差がある。
「ふふ、ありがとう」
美月を祝う気持ちは本心だが、今の自分の状況を顧みると、比べても仕方がないとわかっていても、勝手に劣等感を抱いてしまう。