執着系御曹司は最愛の幼馴染みを離さない
「そう、なんだ……知らなかった……」
言葉が弱々しく響く。美月はそんな杏を痛ましいような顔で見つめていた。
「付き合ってること、ずっと黙っていてごめんなさいね。あなたの気持ちを知っていたから、傷つけたくなかったの。悠真にも口止めしていたのよ」
「私の、気持ち?」
その言葉にさらに衝撃を覚えて、杏は強張った顔を上げた。
(私の気持ちって……まさか)
杏の頬にかっと熱が籠もった。
恥ずかしさと衝撃で体中から一気に汗が噴き出てくる。
「えぇ、杏は悠真が好きでしょう。もちろん、恋愛の意味で」
哀れむような表情だが、確信を持った言い方だ。
実力で名波総建に受かるほどの才女で、立っているだけで目を引く美月と話をしていると、杏はいつだって劣等感に苛まれた。
だからこそ、美月にだけは知られたくなかった。
「ち、ちが……っ」
「嘘をつかなくてもいいわ。同じ人を好きなんだもの、わかるわよ」
杏はその言葉になにも言えなかった。
今思えば、美月と会うたびに彼女の口からは悠真の名前が出ていた。杏はそれを共通の話題が悠真だからだと思っていたが、牽制でもあったのかもしれない。
「だからこそ、厳しい言葉になってしまうけど、あなたは彼の……名波家の負担になってるわ。いくらなんでも名波家の人たちに甘えすぎてると思う」
美月は辛そうに目を細めて、小さく「ごめんね」と言った。
確かに杏は、名波家の負担にしかなっていない。名波家の恩情で家に置いてもらっているにすぎない。
他人に言われなくとも、自分が一番それをよくわかっている。だからこそ、自立していつか恩返しができたらと思っていた。
「名波総建にって悠真が言うのも、あなたが頼りないせいでしょう? もしそれが叶ったとしても、どこの部署もあなたを持て余すわ。あなたを強引に入社させた悠真の評判にも関わる。それはわかる?」
「うん」
恋人の美月からすれば、身内扱いまでは許容できても、実力もないのにコネで名波総建に入社するのは看過できないのだろう。悠真のためを思うなら余計に。
(私……悠真くんにも、伊智子さんにも、甘えすぎてるのかな……)
こらえきれずこぼした涙が頬を伝い、スカートにしみを作る。杏は手の甲で頬をぐいっと拭った。泣いているのはバレバレだろうが、美月はなにも言わなかった。
「名波家の人たちがあなたの面倒を一切合切見ているのは、罪悪感があるからでしょう? 悠真が杏を身内扱いするのも、そのせい。それに甘えていたらダメよ」
確かに伊智子は、祖父母が亡くなった際、自分をひどく責めていた。
高校卒業までならまだしも、好きな大学に行って、夏休みには短期留学までして、アルバイトをしなくてもいいくらいのお小遣いまでもらっている。
いくらなんでも善意でここまでする人はいない。美月の言う通り、伊智子が杏の生活を保障してくれているのは、祖父母を失った杏への罪悪感があるからだ。
「それは……わかってるよ」
美月の言葉は厳しいが、杏のためを思っての言葉だ。それでも、いつもは温かいと思う美月の言葉が、鋭い刃のように杏の胸を抉る。
「杏が優しいからって、言いたい放題してごめんね。多分、悠真に妹扱いされている杏に嫉妬する気持ちもあるんだと思う」
「嫉妬なんて……そんな。美月さんは美人で、頭もよくて……」
「買いかぶりすぎよ」
美月はため息をつきながら、泣きそうな目でこちらを見つめた。
「ごめんね……私、杏が悠真のそばにいるのがいやなの。悠真と血の繋がった妹だったらこんな気持ちにならなかった。でも、プロポーズされても、いつか悠真を奪われちゃうんじゃないかって不安が消えない。だから……ごめんなさい、あなたから……悠真の手を離して。私に悠真を返してほしいの」
恋人の近くに身内扱いされている幼馴染みがいれば、おもしろくないのは当然だ。
恋人だと聞いてもそこに思い至らないのは、鈍すぎる。
「美月さん、ごめんなさい。私……悠真くんと、ちゃんと離れるから」
名波家を出て自立する。そう考えていても、悠真と離れなければならない日が来るなんて、杏は想像もしていなかった。
いつかこの恋を終わらせられたら、今度は妹としてそばにいられる。そんな甘い考えを美月は見抜いていたのだろう。杏の恋愛感情を知る美月が、不安にならないわけがないのに。
「ありがとう、ごめんね……杏」
安心したようにホッと息をつく美月に、杏は言葉なく首を横に振った。
悠真から離れれば、ふたりが肩を並べているところを見なくて済む。
杏にとってもその方がいい。そうすれば長年の恋にも決着をつけられるだろう。
「そうだ、就職先ならうちの父の会社を紹介してあげる」
美月は暗くなった雰囲気を変えるような明るい声で言った。
「中小企業だけど、寮もあるし、給料もそれなりにいいと思うわ。人手が足りないって言っていたから、ぜひ、エントリーしてみて!」
美月はホッとしたような笑みを浮かべて、杏の手に自分の手を重ねた。
「わかった。ありがとう」
恋心に蓋をして、本当にふたりを祝福できるようになるまで、彼から離れよう。
(ちゃんと、ふたりにおめでとうって言えるようにならないと)
杏はひとつの決意を胸に、美月と別れた。
言葉が弱々しく響く。美月はそんな杏を痛ましいような顔で見つめていた。
「付き合ってること、ずっと黙っていてごめんなさいね。あなたの気持ちを知っていたから、傷つけたくなかったの。悠真にも口止めしていたのよ」
「私の、気持ち?」
その言葉にさらに衝撃を覚えて、杏は強張った顔を上げた。
(私の気持ちって……まさか)
杏の頬にかっと熱が籠もった。
恥ずかしさと衝撃で体中から一気に汗が噴き出てくる。
「えぇ、杏は悠真が好きでしょう。もちろん、恋愛の意味で」
哀れむような表情だが、確信を持った言い方だ。
実力で名波総建に受かるほどの才女で、立っているだけで目を引く美月と話をしていると、杏はいつだって劣等感に苛まれた。
だからこそ、美月にだけは知られたくなかった。
「ち、ちが……っ」
「嘘をつかなくてもいいわ。同じ人を好きなんだもの、わかるわよ」
杏はその言葉になにも言えなかった。
今思えば、美月と会うたびに彼女の口からは悠真の名前が出ていた。杏はそれを共通の話題が悠真だからだと思っていたが、牽制でもあったのかもしれない。
「だからこそ、厳しい言葉になってしまうけど、あなたは彼の……名波家の負担になってるわ。いくらなんでも名波家の人たちに甘えすぎてると思う」
美月は辛そうに目を細めて、小さく「ごめんね」と言った。
確かに杏は、名波家の負担にしかなっていない。名波家の恩情で家に置いてもらっているにすぎない。
他人に言われなくとも、自分が一番それをよくわかっている。だからこそ、自立していつか恩返しができたらと思っていた。
「名波総建にって悠真が言うのも、あなたが頼りないせいでしょう? もしそれが叶ったとしても、どこの部署もあなたを持て余すわ。あなたを強引に入社させた悠真の評判にも関わる。それはわかる?」
「うん」
恋人の美月からすれば、身内扱いまでは許容できても、実力もないのにコネで名波総建に入社するのは看過できないのだろう。悠真のためを思うなら余計に。
(私……悠真くんにも、伊智子さんにも、甘えすぎてるのかな……)
こらえきれずこぼした涙が頬を伝い、スカートにしみを作る。杏は手の甲で頬をぐいっと拭った。泣いているのはバレバレだろうが、美月はなにも言わなかった。
「名波家の人たちがあなたの面倒を一切合切見ているのは、罪悪感があるからでしょう? 悠真が杏を身内扱いするのも、そのせい。それに甘えていたらダメよ」
確かに伊智子は、祖父母が亡くなった際、自分をひどく責めていた。
高校卒業までならまだしも、好きな大学に行って、夏休みには短期留学までして、アルバイトをしなくてもいいくらいのお小遣いまでもらっている。
いくらなんでも善意でここまでする人はいない。美月の言う通り、伊智子が杏の生活を保障してくれているのは、祖父母を失った杏への罪悪感があるからだ。
「それは……わかってるよ」
美月の言葉は厳しいが、杏のためを思っての言葉だ。それでも、いつもは温かいと思う美月の言葉が、鋭い刃のように杏の胸を抉る。
「杏が優しいからって、言いたい放題してごめんね。多分、悠真に妹扱いされている杏に嫉妬する気持ちもあるんだと思う」
「嫉妬なんて……そんな。美月さんは美人で、頭もよくて……」
「買いかぶりすぎよ」
美月はため息をつきながら、泣きそうな目でこちらを見つめた。
「ごめんね……私、杏が悠真のそばにいるのがいやなの。悠真と血の繋がった妹だったらこんな気持ちにならなかった。でも、プロポーズされても、いつか悠真を奪われちゃうんじゃないかって不安が消えない。だから……ごめんなさい、あなたから……悠真の手を離して。私に悠真を返してほしいの」
恋人の近くに身内扱いされている幼馴染みがいれば、おもしろくないのは当然だ。
恋人だと聞いてもそこに思い至らないのは、鈍すぎる。
「美月さん、ごめんなさい。私……悠真くんと、ちゃんと離れるから」
名波家を出て自立する。そう考えていても、悠真と離れなければならない日が来るなんて、杏は想像もしていなかった。
いつかこの恋を終わらせられたら、今度は妹としてそばにいられる。そんな甘い考えを美月は見抜いていたのだろう。杏の恋愛感情を知る美月が、不安にならないわけがないのに。
「ありがとう、ごめんね……杏」
安心したようにホッと息をつく美月に、杏は言葉なく首を横に振った。
悠真から離れれば、ふたりが肩を並べているところを見なくて済む。
杏にとってもその方がいい。そうすれば長年の恋にも決着をつけられるだろう。
「そうだ、就職先ならうちの父の会社を紹介してあげる」
美月は暗くなった雰囲気を変えるような明るい声で言った。
「中小企業だけど、寮もあるし、給料もそれなりにいいと思うわ。人手が足りないって言っていたから、ぜひ、エントリーしてみて!」
美月はホッとしたような笑みを浮かべて、杏の手に自分の手を重ねた。
「わかった。ありがとう」
恋心に蓋をして、本当にふたりを祝福できるようになるまで、彼から離れよう。
(ちゃんと、ふたりにおめでとうって言えるようにならないと)
杏はひとつの決意を胸に、美月と別れた。