執着系御曹司は最愛の幼馴染みを離さない
 祖父母が揃って車の事故で亡くなったのは、杏が高校二年の頃だ。この辺りは朝晩はかなり冷え込むため、十二月でも稀に大雪に見舞われることがある。

 祖父母が車で出かけた理由は、伊智子に頼まれた買い物のためだったらしい。杏はそれをリビングで聞いた。

 伊智子は雪の中での運転は危ないからと止めたらしいが、名波家に忠誠を誓う祖父母なら出かけるだろうと杏にも予測がつく。

「ごめんなさい、私がもっと強く止めるべきだったの。こんなことになるなんて……」

 伊智子は何度も杏に謝罪をした。その顔は杏以上に憔悴しきっている。

 恐怖にも似た孤独感に襲われ、膝の上で握りしめていた手がかたかたと震える。

 この世の終わりのように真っ青な顔をする伊智子を見ていると、悲しさよりも先にじわじわと現実が押し寄せてきた。

 これから自分はどうやって生活をしていけばいいのだろう。通夜や葬儀はどうすればいいのか。高校の学費は払えるのか。保険は、生活費は、住む場所は。

 そんな風に考えてしまう自分がいやなのに、未来への不安は止められなかった。

「伊智子さんの、せいじゃ、ありません」

 それだけ言うのが精一杯だった。
 杏の声の震えに気付いたのか、伊智子が顔をそっと上げて、痛ましい表情をする。

「そうかもしれない……でも、この後悔はどうしたってなくならないわ」

 伊智子はソファーから立ち上がり、杏の隣に腰を下ろす。
 そして、杏の肩を引き寄せて強く抱きしめた。

「本当にごめんなさい。謝っても許してもらえるとは思ってない。杏ちゃんが大人になるまで、私たちが責任をもって見守っていくから、そこだけは安心してちょうだい。ふたりの宝物だったあなたを絶対に幸せにする。それが、私にできるせめてもの贖罪だから」

 伊智子は体を離すと、いまだ震える杏の手をギュッと握って、涙ながらに言った。彼女の隣に座る悠真も顔面蒼白だったが、伊智子の言葉を受けて、神妙に頷く。

「俺が杏を守るよ。杏は俺たちの家族だろう?」

 それから杏は、通っていた高校を辞めることもなく、名波家に世話になった。

 世話になる代わりに家事をできるだけ引き受けた。

 使用人扱いするつもりはないと名波家の皆が難色を示したが、どうしてもと頼み込んだ。彼らの役に立ちたいと思う気持ちと、捨てられてしまったら行き場を失うという恐怖があったのだと思う。
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