マジックアワー
  大学の授業がない休みの日などは、瞬は父親の病院の手伝いをしていた。手伝いと言っても、簡単な、誰でもできるような雑用だけど。
  平日、瞬が病院の廊下を歩いていると、うろうろしている女の子がいた。彼女は、白衣を着ている瞬に気がつき、声をかけてきた。歳は瞬と同じくらいか少し歳下に見えた。美人さんだなぁ、と瞬は思った。
  「すみません、ここから502号室ってどうやって行けばいいんでしょうか」
  それが沙耶だった。
  病室を案内すると、そこに横たわっていたのは、老婆のような女性だった。顔は皺が多く、手足は細く、髪は真っ白だった。
  「お母さん、来たよ〜」
  沙耶が彼女に声をかける。
  お母さん?この人が?
  「ありがとうございました」
  沙耶が、瞬を振り返って、ぺこりと頭を下げる。
  「あ、いえ」
  瞬は病室をあとにした。
  その後瞬は、沙耶が母子家庭で、他に頼れる親族もなく、沙耶自身が大学に通いながら働き、母親の治療費を工面していることを知った。沙耶はまだ大学2年生だった。
  病院の休憩スペース。瞬が飲み物を買いに自販機に行くと、そこで沙耶が勉強していた。
  「勉強してる〜偉いなぁ」
  自販機の前に立ちながら、沙耶に声をかける。
  沙耶が顔をあげる。
  「あ、瞬くん。今日大学休みなの?」
  「うん。沙耶もなんか飲む?」
  「いらない」
  「コーヒー飲む?ジュースがいい?」
  沙耶がニッて笑う。「ジュースがいい」
  「ほい」
  ボタンを押すと、ゴトン、と大きな音を立てて缶がが落ちてきた。
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