危険すぎる恋に、落ちてしまいました。番外編
夕暮れの光がカーテン越しに滲むころ、
部屋の空気にふっと区切りを入れるように、コンコン、とノックの音がした。

椿は額の汗を手の甲で拭いながら、短く言う。
「……鈴か」

「お兄ちゃーん?大丈夫ー?」
ドアが開いて、鈴が顔をのぞかせた。
「美羽ちゃん、ごめんね!ジュース持ってきたよ~。はい、どうぞ!」

テーブルにコトンと置かれた紙パックに、美羽はぱっと笑顔になる。
「ありがとう、鈴ちゃん!」

「おい鈴……美羽呼ぶなって言っただろ」
椿は少しだけ睨むけれど、視線は泳ぎ、耳が赤い。

「え~?だってさぁ」
鈴は悪気のない声で続ける。
「美羽ちゃん、すっごくお兄ちゃんのこと心配してたんだよ?
“だーい好きな彼女”に看病してもらえて、嬉しいでしょ?」

「す、鈴ちゃん……!」
美羽は照れて肩をすくめる。

「うるせぇ。移したらどうすんだよ」
そう言って椿は布団を被った。

「はいはい、素直じゃないんだから~」
鈴は美羽にウインクを送って、静かに部屋を出ていった。

しばらくして、ふっと空気が和らぐ。
美羽は思い出したようにカバンを開いた。

「そうだ、椿くん。ゼリー買ってきたんだけど……食べる?」

「……たべる」
布団の中から小さな声。耳がぴくりと動く。

クスッと笑いながら、スプーンを添えて渡すと、椿は起き上がってもぐもぐ食べ始めた。
「……ん、うまい」

その無防備な横顔に、胸がきゅっと鳴る。
「よかった。早く元気になってね」

「……ありがとな」
ぼそっとした声。

食べ終えると、椿はまた横になった。
まだ熱があるのだろう、呼吸は少し重い。

美羽はそっと手を握る。
「大丈夫?」

「……美羽。あんまり……男の部屋に、ひとりで上がり込むなよ……」

「え?」
不安が胸をよぎる。
「来ちゃ……だめだった?」

「……そんなんじゃねぇ」
そう言いかけて、椿は目を閉じた。

(続き、気になるんだけど……)
そう思いながら、美羽はそばで見守る。
濡らしたタオルで額を拭き、静かな時間が流れた。

いつのまにか、美羽も眠ってしまっていた。

「…ん…美羽、」

低い声に、はっと目を開ける。
「え……私、寝てた?椿くん、起きたの?」

「……お前、まだいたのかよ…」

「そんな言い方……。ごめん、もうそろそろ帰るね!」

離れようとした、その瞬間。
手首を引かれ、視界がぐるりと反転する。

「えっ……!?」

気づけば、ベッドの上。
上から覗き込む椿の顔と、天井。

「……美羽」

両腕を押さえられ、身動きが取れない。
「ちょ、椿くん!?どうしたの!?」

「……俺の部屋に来るとか……誘ってんのか……」

(やばい、椿くんの様子がおかしい…!?熱でおかしくなってる!?)
美羽は必死に声を出す。

「つ、椿くん!落ち着いて!休も!ね!?」

返事の代わりに、素早く首筋にそっと触れる気配。

「きゃっ……!」

(だめだ!!全然離してくれない!)

「す、鈴ちゃ――」

助けを呼ぼうとした瞬間、口を手で塞がれ、
耳元で「美羽、好きだ…」と囁かれる。


「んんんん!?」



(やばいやばいやばい……!)




――バシィ!

突然、頭上から重たい音。
椿の頭に、分厚い本が落ちた。

「こら椿!病人が可愛い女子を襲うな!」

爽やかで低い声。

「……いてぇ……」

椿ははっとして美羽を離し、振り向いた。

そこに立っていたのは、
椿とよく似た顔立ちの、大人の男性。
スーツを着崩し、余裕の笑みを浮かべている。

「……兄貴?あれ、俺今何して…」

「やれやれ。帰ってきて正解だったな。」

美羽は呆然と瞬きをした。

――こうして、
北条家の夜は、少し騒がしく、
そしてどこか甘い余韻を残して続いていくのだった。


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