危険すぎる恋に、落ちてしまいました。番外編
美羽のスマホが震え、着信画面に表示された名前に、美羽は小さく息を呑む。
「あ、……鈴ちゃんだ!」
通話ボタンを押すと、少し慌てた声が飛び込んできた。
『ごめん美羽ちゃんー!!私、部屋で宿題してたらいつの間にか寝ちゃってて!大丈夫だった!?本当にごめん!』
「うん、大丈夫だよ」
思わず笑ってしまう。
「慧さんに送ってもらって、今ちょうど帰ってるところ」
『えっ!?慧くん帰ってきてたの!?起こしてくれたらよかったのに〜!爆睡してたぁ……ほんとごめん!』
「鈴ちゃんも名門高で勉強とか大変でしょ。気にしないで。ありがとう、また連絡するね!」
電話を切ると、車内に静かなエンジン音が戻ってきた。
「へぇ、鈴とも仲いいんだね。」
ハンドルを握る横顔は穏やかで、どこか楽しそうだった。
「はい。前に外出先でたまたま知り合って……」
(暴走族の話は省いておこう…)
「なるほど。」
一瞬だけ、意味深に微笑む。
「椿の表情が柔らかくなったのも、美羽ちゃんのおかげかもね。」
「えっ……」
美羽は顔を赤くして、慌てて視線を逸らした。
「そ、そんなことないです!」
窓の外では、ビルの灯りや街灯が夜の粒子みたいにきらきら流れていく。
その光を横目に、慧はぽつりと話し始めた。
「椿はね、昔から不器用でさ。クールぶってるけど、本当は臆病でさ。」
少しだけ懐かしそうな声。
「性格が正反対の僕の方が、女の子に声かけられることも多くてね。僕目当てで椿に近づく女性もいたから……あいつ、ちょっと女性不信なところもあってさ。」
美羽は胸の奥が、きゅっと締めつけられるのを感じた。
「でもね」
慧は前を見たまま、柔らかく続ける。
「美羽ちゃんと付き合うようになってから、変わったよ。すごくいい意味で。」
「……」
「ありがとう。」
ふっと微笑む。
「椿のそばにいてくれて。」
椿に似た横顔。
でもどこか大人びていて、余裕があって――
美羽は気づかないうちに、その横顔を見つめていた。
(椿くんが大人になったら……こんな感じなのかな)
赤信号で車が止まる。
慧はちらりと横目で美羽を見て、口元を緩めた。
「あれ?もしかして僕に惚れちゃった?」
「えっ!?ち、違います!」
慌てて首を振る。
「ただ……椿くんに似てるなって思って……」
「ふふ、よく言われるよ。」
そう言ってから、少しだけ距離を詰め、低い声で囁いた。
「でもさ。椿で不満なら、僕を好きになってもいいよ?」
耳元に落ちる声に、美羽は思わず両手で耳を押さえた。
「なっ……!何言ってるんですか!!」
顔が熱い。
「最低ですよ、慧さん!」
「え?悪くない提案だと思うけど?」
ニヤリと笑うその余裕に、内心で冷や汗が流れる。
(この人……色んな意味で危ない人だ……)
美羽は一度深呼吸して、まっすぐ前を向いた。
「……ごめんなさい。でも私、椿くんじゃないとだめなんです。」
慧が、少しだけ驚いたように瞬きをする。
「ごめんなさい慧さん。私、椿くんの前だといつも自然体でいられるんです。周りの目を怖がって、閉じ込めていた本当の姿を、椿くんはいつも、私が強くても、弱くてもずっと側で見守っててくれていて、支えてくれて、必要な時は手を差しのべてくれる人です。椿くんが抱きしめてくれたとき、あぁ、やっぱりこの人が大好きだなぁって自然に思えるんです。」
そして、きっぱりと。
「だから私は、これからも椿くんの隣にいたいです。」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、慧が声をあげて笑い出した。
「ははっ……ごめんごめん。」
肩を揺らしながら。
急に笑い出した慧をみてキョトンとしている美羽。
「冗談のつもりだったんだけど……あまりにも真剣だからさ。」
「えぇ!?冗談だったんですか!」
美羽は頬を膨らませる。
「ひどいです!」
信号が青に変わり、車が再び走り出す。
「でもね。」
慧は前を見据えたまま、静かに言った。
「椿が、どうして美羽ちゃんじゃないとだめなのか……わかった気がする。」
「……?」
「ありがとう。」
それだけ言って、もう何も話さなかった。
夜の道路を進む車の中、
美羽の胸は、温かくて少しだけくすぐったい気持ちで満たされていた。
――椿の大切な人たちに、少しずつ認められていく夜だった。