危険すぎる恋に、落ちてしまいました。番外編
朝の並木道を、二人は並んで歩いていた。
秋の空気はひんやりしているのに、手をつないだ指先だけがやけにあたたかい。

しばらく無言で歩いていた椿が、ふっと息を吐いて口を開いた。

「……ってかさ。」

美羽が顔を上げる。

「兄貴のやつ。冗談ってわけじゃねぇと思うぞ、それ。」

「え?」

美羽は思わず立ち止まりそうになって、慌てて歩調を合わせた。

「どういうこと?」

椿は前を見たまま、少しだけ眉を寄せる。

「美羽のこと、試してんだよ。」


「もし兄貴に少しでも揺らいだら、そのまま惚れさせて、即俺から引き剥がすつもりだったんじゃねぇかな。あいつ、そういうこと平気でやるからなー。」

「ええ……」

美羽は小さく声を漏らした。

「それは……違うと思うけどなぁ……」

椿は聞こえなかったのか、続ける。

「昔からだ。欲しいもんがあったら、正攻法でも裏からでも、全部使う。ああやって、ニコニコしてっけど腹ん中、性格悪ぃんだよ。」

(でも……)

美羽は、昨日の車内での慧の横顔を思い出していた。
夜の街を映すフロントガラス越しの、あの穏やかな目。

(あのときの慧さん、椿くんのこと本当に心配してる感じだった。
からかい半分はあっても、壊そうとしてるようには見えなかったけどなぁ……)

そう思ったけれど、口には出さなかった。

歩道に落ちた赤や橙の葉を、椿が靴先で軽く蹴る。
少し間を置いて、椿がぽつりと続けた。

「……あとさ。」

美羽はまた椿を見る。

「昨日は、悪かった。」

ほんの一瞬、視線が逸れる。

「その……押し倒して、、」

その言葉に、美羽の脳裏に一気に記憶が蘇った。
ベッド、近すぎる距離、熱を帯びた視線――。

「……っ」

顔が、瞬時に熱くなる。

「い、いや!えっと……」

美羽は慌てて手を振った。

「びっくりはしたけど、その……嫌じゃなかったっていうか……!」


言い終えた瞬間、(あ)と自分で思った。
言葉が、完全に滑っている。


「……」

椿が立ち止まった。

「お前なぁ……」

ぽかん、とした顔から、深いため息。

「そういうこと、簡単に言うな。」

低く呟いて、額を押さえる。

「ったく、無防備すぎんだろ。」

「え!?ち、違っ……!」

美羽は顔を仰ぎながら必死に弁解する。


「そ、そういう意味じゃなくて!ええと!その!ご、ごめん!!」

「……はぁ」

椿は肩を落とし、今度は美羽の方を向いた。

「まぁいい」

少しだけ、口元が緩む。

「けど」

一歩、距離が詰まる。
美羽の心臓が跳ねる。

「いつか覚悟しとけよ。」

「……え?」

見上げた瞬間、椿の顔がすぐそこにあった。
朝の光に照らされた瞳が、やけに真剣で。

「そのときは、」

低く、囁く声。

「"ドロドロになるまで、愛してやるから"」

「――っ!!」

心臓が、どくんと大きく鳴った。
全身の血が一気に顔に集まる。

「な、ななな……!」

言葉が出ない美羽を見て、椿は満足そうにニヤリと笑う。

「ほら、行くぞ。」

何事もなかったかのように歩き出す背中。

美羽は数秒固まったまま、置いていかれそうになって慌てて追いかけた。

「……っ、もう!!」

顔を覆いながら、心の中で叫ぶ。

「椿くんの……バカぁ!!」

その背中を見つめながらも、胸の奥は不思議なくらいあたたかかった。

(でも……)

(そんなこと言われても、やっぱり……)

追いついて、そっと手を繋ぐ。
椿は何も言わないけれど、指先に少し力がこもった。

(私は、椿くんが大好きなんだから)

秋の朝。
赤く色づいた並木道を、二人はまた並んで歩き出す。

恋とからかいと、少しの不安と。
それ全部ひっくるめて――今日も、甘くて騒がしい日常が続いていく。



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