危険すぎる恋に、落ちてしまいました。番外編

番外編4.高2の夏、海!

夏休みが始まったばかりの午後。
蝉の声が、窓の外でこれでもかというほど鳴いていた。

美羽は自分の部屋で、机に広げた宿題プリントとにらめっこしていた。
鉛筆をくるくる回しながら、ため息をひとつ。

「……夏休みって、こんなに宿題あったっけ……?」

ノートの端には、早くも小さな落書きが増え始めている。
椿の名前を書いては消し、また書いては消して。

そんなとき、スマホが震えた。

画面を見ると――
《莉子》の名前。

「ん? 莉子?」

美羽は椅子から身を乗り出し、通話ボタンを押した。

「もしもし?」

『やっほー! 美羽~♪』

スピーカー越しでも分かる、いつも通りの元気いっぱいな声。
美羽は思わず笑ってしまう。

「莉子、相変わらずテンション高いね。どうしたの?」

『夏休み入ったんだよ!? そりゃ元気にもなるでしょ~!
ねぇねぇ、美羽、暇してる~?』

「まだ始まったばっかりだよ?
宿題と格闘中……」

『えー、真面目~!』

莉子の声が、くすくすと弾む。

『ね! 悠真くんから連絡きてね、
美羽も誘って、黒薔薇メンバーで海行こうって!』

「……え?」

一瞬、時が止まった。

「……う、海!?」

『そー! 海! 夏といえば海でしょ!』

美羽は勢いよく椅子から立ち上がり、そのままベッドに倒れ込んだ。

「行く! 行きたい!! 絶対行く!!」

『でしょでしょ~!』

莉子の笑い声に混じって、紙をめくる音が聞こえる。

『日にちはね~……』

話が進む中で、美羽の思考は、すっかり別の方向へ飛んでいた。

(ってことは……椿くんも、来るよね……?)

想像した瞬間、心臓がドクンと跳ねる。

(え、待って。
椿くんの……水着姿……?)

――肩。
――腕。
――濡れた髪。

「……きゃーー!!」

美羽はベッドの上で、思わず足をばたばたさせた。
顔は真っ赤。
スマホを握る手にも、力が入る。

『ちょっとぉー? 美羽? 聞いてる~??』

「はっ!」

美羽は慌てて起き上がった。

「き、聞いてる聞いてる! ちゃんと聞いてるよ!」

『ほんとに~?』

莉子の声が、やけに意味深になる。

『もしかして……
椿くんの水が滴る姿、想像してたんじゃないでしょうね~?』

「えっ!? ち、違うし!!」

美羽は布団をぎゅっと掴む。

「そ、そんなこと考えてないし! 莉子ったら何言ってるのよ!!」

『あやし~い♪』

「ほんとほんと!!」

美羽はごろん、とベッドに仰向けになり、天井を見上げた。
心臓の音が、やけにうるさい。

しばらくして、ふと思い出したように美羽が声を上げる。

「あっ!」

『なに?』

「水着! 私、水着買ってない!」

『あ~、分かる分かる』

「莉子! 買い物付き合って!」

『実は私も、それ言おうとしてたところ!』

二人の声が重なって、また笑い合う。

『じゃ、今度一緒に行こ! また連絡するね~!』

「うん! 絶対ね!」

通話が切れ、部屋に静けさが戻る。

美羽はスマホを胸に抱きしめた。

(夏休み……
海……
みんなで……
椿くんと……)

カーテンの隙間から、まぶしい夏の光が差し込む。

ひと夏の、甘くて騒がしい青春が――
今、静かに動き出した。
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