月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
 だが隣に座る彼は表情も変えず、静かに目を伏せているだけ。老人の姿の今だからこそ、どうかその声が彼の耳に届いていなければいいのにと願ってやまない。
 膝に抱いたシルバのやわらかい毛並みを撫でて気持ちを落ち着けようとする。
 馬車が止まり、御者が扉を開いた。
 エミリアは薄い上着の胸元にシルバを隠してカーリンに続いて降り立ち、手を伸ばしてレオナールを介助する。
 深く刻まれた皺と白髪、そして杖を手にした老いた彼が降り立った途端、集まっていた侍従や文官たちはざわついた。

 「聞いていた通りの老いた姿だな」
 「これはこれは……言葉ではとてもいい表せない」
 「憐れな姿だ」

 口々に彼の容姿について囁き合い、興味津々に観察するような視線が矢のように飛んでくる。
 エミリアはそれらから守るように立ちはだかったが、レオナールは意に介さずゆるやかに前へ歩み出た。白髪を陽に光らせながら、静かに前を見つめる。
 杖を手にしているというのに、その立ち姿は老いを感じさせない。むしろ威厳さえあり彼の周囲だけが不思議な静謐に包まれているようで、視線を向ける者たちは次第に声を失っていった。
 やがて案内された宮殿内にある、謁見の間の扉が重々しく開く。金糸を織り込んだ緋の絨毯の上を、ふたりの人影が笑みを浮かべながらゆっくりと進み出てきた。
 ひとりは王冠を戴く国王ルーベン。もうひとりは血のように赤いドレスを纏った王妃バネッサ。エミリアに追放を命じたふたりだ。
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