月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
 エミリアが静かに頭を垂れると、バネッサが手にしていた扇をゆっくりと開き、その顔を現した。真っ赤な唇が微笑む。

 「まあ本当だわ、エミリア。ずいぶんとお元気そうね。北の冬はさぞお寒かったでしょうに」
 「はい。けれど、とてもあたたかな場所でした」

 エミリアがそう答えると、王妃の瞳は一瞬だけ細くなった。

 「あたたかい場所、ね。ふふ、それはなにより」

 エミリアはゆっくりと頭を下げた。

 「殿下のおそばにいれば、どんな冬も越えられます」

 それは決して反論ではなく、素直な言葉だ。

 「私の目には陛下の弟君はご老体のように見えるのだけど。負け犬の遠吠えかしら」

 バネッサの挑発にエミリアが口を開きかけたとのとき、レオナールは静かに首を横に振った。ふたりの視線が一瞬だけ重なり合う。言葉はなくとも、その沈黙の中に誇りとたしかな絆があった。
 眉をひそめ、扇で口元を覆うバネッサの隣でルーベンは目を鋭くし、なにかを測るようにふたりを見つめる。
 やがて、軽く手を上げた。

 「部屋を用意してある。夜の祝宴まで時間があるから、旅の疲れを癒すといい」

 背を向けるその王の背中に、得体の知れない影がちらりと揺れる。
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