月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
 エミリアは小さく息を吸い、レオナールを見上げる。
 彼もまたエミリアを見た。その静かな眼差しに導かれるように一歩を踏み出す。
 重厚な扉が静かに開くと、音楽がふっと途切れた。
 視線が一斉にこちらへ向く。輝くホールの中央で、人々の息が止まった。
 胸の奥で鼓動をひとつ数え、そっと前へ出た。光を受けたドレスの藤色が波のように揺れ、銀の刺繍が星屑のように煌めく。
 だが、その隣に立つ人の姿を誰もが凝視していた。黒と銀を纏う青年の美しい姿を。
 その存在はまるで夜そのものが人の形をとったかのようだった。金の燭光が彼の髪をすべり、瞳の奥で淡い光が揺れる。
 ざわ……と、人々の間に小さな波が走る。貴族たちは互いに顔を見合わせ、囁き合った。

 「……あれは……誰だ?」
 「新しい客人か?」
 「いや、元妃殿下の……護衛?」

 低い囁きが連鎖する。
 誰ひとりとして、昼間見た老いたレオナールをこの男と結びつける者はいなかった。
 あまりに違って、あまりに美しいから。
 ルーベンが王座の上で息を飲む。
 その目が、信じられぬものを見たように細められた。

 「……まさか……」

 声にならない声が漏れる。
 レオナールは静かに歩み出て、王の前で一礼した。
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