月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
 あの頃の自分は、そうやって生き残るしかなかったのだ。いつか王太子妃に選ばれる日がくると思えば、寂しく惨めな日常など取るに足らないことだった。
 だが、神殿ではいつも、ひとりだけ特別扱いを受ける少女がいた。名を、エミリアという。
 透き通るような声で祈るだけで、聖印が光り、指導者たちは口を揃えて彼女を『神に選ばれし娘』と呼んだ。――大した魔力もないくせに。
 そのとき、バネッサは悟った。努力や美貌では届かない場所が、この世にはあるのだと。
 やがて神殿を去り、王宮へ戻る日が来た。王太子妃の座が誰の手に渡るかが決まる時期。
 エミリアが選ばれたと聞いた瞬間、胸の奥でなにかが音を立てて崩れた。
 バネッサは美しさも教養も家柄も、どれをとっても完璧だった。なのに、王太子の傍らに立つ資格を取ったのは、神殿育ちの〝聖女〟だった。
 ならば、べつの道を選べばいい。
 妃が無理ならば、王太子の傍に仕える道がある。王の最も近く、彼の秘密を共有できる場所だ。
 そうしてバネッサは神殿の聖衣を脱ぎ捨て、宮殿に立った。宰相付きの侍女として仕え、やがて王太子ルーベンの信を得る。彼の心の闇を知るたびに、彼女は奇妙な安堵を覚えた。
 この人は、私と同じ。
 弟を妬み、神に見放されたと思い込む孤独。その孤独に寄り添えば、いつかこの王子の心もすべて自分のものになる。
 そう信じて彼を慰め、癒し、甘い毒を垂らしていった。
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