月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
 あのときの兄の瞳には、王としての威厳も責任もなく、ただ己の命を守ろうとする恐怖だけがあった。

 「エリオットが魔法騎士団の団長であるなら、心配はいらないだろう」
 「いや、あの夜のレオナールの戦闘を見て痛感したよ。私はまだまだだと」

 エリオットは少し笑ったが、その瞳の奥にはなにかを伝えかねているような影があった。

 「……それでも、あなたが王都にいたなら違っていたかもしれない。陛下も、そして王妃も」

 そのひと言に、レオナールの指先がわずかに止まる。
 そう考えたことなら何度もある。呪いにかからなければ、今の自分はどうなっていただろうかと。そのたびに胸の奥がひどく疼いたが、仮定と現実の狭間で揺らいだ心を、これまで誰にも語ったことはない。
 エリオットは言葉を継がず、ただ静かに茶を置いた。
 窓の外で、風が薔薇を揺らしている。
 沈黙がひととき流れ、やがてレオナールは低く呟いた。

 「もし私が王都にいたなら、もっと早く国は滅んでいたかもしれない」

 レオナール自身、冗談とも諦念ともつかない声が出た。
 エリオットがほんのわずかに微笑み、首を振る。

 「いいや、あなたがどんな姿であろうと、私は信じている」
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