月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
 まるで霧そのものが形を取ったように静かで、孤独な城だ。空の色と同じ鈍い灰に沈み、塔の先端は雲の中に溶け込んでいる。
 王都の城のような華やかさはなく、代わりにどこか厳粛で、沈黙そのものが形をとったような威容を放っていた。
 御者が扉を開け、エミリアは外套の裾を押さえながらそっと地面に降り立った。
 見上げれば古城の門は黒鉄の格子で覆われ、ところどころ錆びている。かつての栄華の名残を留めながらも、長い孤独がその上に降り積もっていた。
 門番の姿はない。代わりにどこからかカラスの鳴き声が響き、それが森の奥へ消えていく。
 雪を踏みしめて前へ進む。足跡が白の上に淡く刻まれ、すぐに風がそれを消していった。
 その儚さが今の自分の立場のように思えて、思わず手をぎゅっと握る。
 やがて重い扉が、内側から軋む音を立てて開いた。現れたのは、ひとりの老執事だった。
 背筋をまっすぐに伸ばし、灰色の髪をきちんと撫でつけている。その姿には、古き時代の忠誠と誇りがまだ息づいていた。

 「エミリア・トレンテス様でいらっしゃいますね」
 「はい。王命により、本日よりこちらで……」
 「お待ちしておりました。殿下はお部屋にてお待ちです。どうぞ中へ」

 殿下――〝呪われた王子〟レオナール・アルタミラのことだ。
 胸に微かな緊張が走る。恐れとは違う。これから出会う人の運命をどこかでずっと知っていたような……。なぜか、そんな予感に似ていた。
 古城の中は外の寒さとは対照的に、暖かさが満ちていた。
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