月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
 廊下には古い絵画と燭台が並び、炎の揺らめきが壁に長い影を落としている。その灯はどこか寂しく、城そのものが息をひそめているかのよう。

 「殿下は、どのようなご様子なのでしょうか」

 エミリアが問うと、老執事はわずかに目を伏せた。

 「日中はお部屋で過ごされることが多いのですが、領内の見回りなどもされています」
 「……では、夜は?」

 思いきって尋ねる。

 「夜は……」

 そう言って執事は躊躇うように口を閉ざした。
 昼と夜で姿を変えるという噂を思い出し、エミリアは唇をぐっと引き結んだ。
 長い廊下の先、重厚な扉の前で足を止める。

 「こちらが殿下のお部屋でございます」

 執事が扉を押し開けると、暖炉の火が部屋を照らした。想像していたよりも質素だ。
 広さこそあるが、家具は必要最低限。机の上には書物と羽根ペンが整然と並び、暖炉の火だけが静かに音を立てている。
 暖炉の前に、背を向けて椅子に腰かける影がひとつ。その影は緩やかに肩を揺らし、ゆっくりと振り返った。
 ――白髪の老人だ。
 その姿を見た瞬間、エミリアは息を止めた。
 顔には深い皺が刻まれているが、瞳には静かな光を宿している。その目は、年老いた肉体とは釣り合わぬほど澄んでいた。
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