月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
 その夜――。
 山の城に濃い霧が降りていた。昼間の陽射しが嘘のように消え、夜風には湿った冷気が混じっている。
 エミリアは書斎で灯を落とし、祈りの言葉を胸の奥で繰り返していた。レオナールの留守の間に、せめて聖獣たちを癒す力を整えておこうと思ったのだ。
 ふと、外でなにかが軋んだ。
 風かと思ったが、違う。重く、湿った足音が複数。
 エミリアは立ち上がり、扉に手を伸ばしかけて躊躇った。ここに暮らしているのは、わずかに数名。しかも、今は深夜だ。

 「……誰か、いるの?」

 返事はない。代わりに窓の外でかすかな光が揺れた。

 (松明の灯……?)

 いや、それはもっと鈍い、紫がかった光だった。
 次の瞬間、窓が割れた。冷気とともに黒い影が滑り込んでくる。
 全身を覆う黒衣の男たちが、無言でエミリアに迫った。

 「誰――っ!」

 叫ぶ間もなく、口元に冷たい布が押し当てられた。甘い香りとともに意識が遠のく。
 視界が揺れ、床が傾いたように感じた。
 遠くでシルバの吠える声がしたが、その声を最後にエミリアの意識は闇に沈んでいった。
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