月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
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 夜の王宮。
 月のない空が漆黒に沈むなか、バネッサは長い髪を手で整えながら、鏡越しの自分を見つめていた。その瞳は冷たく、そして妖しく光る。

 「愚か者……。あの女の力にすがろうとするなんて」

 柔らかく笑みを浮かべながらも、その声には毒が混じる。
 国王ともあろう者が、あそこまで道化とはバネッサも知らなかった。
 窓の外では夜風が樹々をざわつかせる。だが王妃の部屋の中には、風も音も届かない。
 背後に控えた侍従長マクシムが一歩下がり、息を殺して指示を待つ。

 「マクシム」

 バネッサは振り返らずに続ける。

 「〝客人〟を迎える用意をなさい。ただし、あの女には傷をつけないでちょうだい。私の用が済むまでは、ね」

 最後の言葉を強調する。大事な力に差し障りがあっては大変だ。

 「理解した?」
 「は、承知しました」

 マクシムは声を震わせていたが、その表情には忠誠心の色が滲む。
 バネッサはゆっくりと机の前に歩み寄り、黒衣の魔術師が置いた古い書物を指先で撫でた。
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