月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
 肩を掴まれ、抵抗する間もなく暗い通路へと押し込まれる。石壁の内側はひどく湿っていて、灯りは手に持ったランプひとつだけ。滴る水音が、足音とともに不気味に響く。
 エミリアの胸は激しく上下した。
 ここは、ただの地下ではない。黒く重い空気が、それを物語っていた。
 階段を何段も下りた先で、急に冷気が加わる。奥に広がる空間は、かつて礼拝堂だったのだろう。壁に古い聖句が刻まれ、今はその上を封印の符が覆っている。
 しかし、そこに流れているのは神聖さではなく、淀んだ瘴気だった。

 (ここでなにをするつもりなの――)

 黒衣の者たちがエミリアを中央の石床に立たせる。
 逃げようとしたが、腕を掴まれた。

 「やめて! 離して!」

 必死の声も虚しく、彼らの表情は石のように動かない。ランプの炎がふっと揺れ、影が壁に広がる。
 すると、壁に黒ずんだ魔法陣の痕が残っているのが見えた。ごくりと喉を鳴らす。

 (いったいここは……)

 そのとき、上方の階段からかすかな足音がした。ゆっくりと踵の高い靴が石を打つ。
 その音を聞いた瞬間、エミリアの肌に冷たいものが走った。
 現れたのは、深紅のドレスをまとった女。その金の髪には、王妃の証たる冠がきらめいていた。
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