月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
 空気が震えた。見えない力がエミリアを押しとどめ、息が詰まる。
 足元の魔法陣が淡い青から紫、そして黒へと色を変え、瘴気が礼拝堂の天井を舐めるように渦を巻いた。

 「さあ、はじめましょう。聖なるものを穢れへと変える、至高の儀式を」

 バネッサが呪文を紡ぐ。低く、くぐもった声が地下に反響し、それに応じるように魔法陣の中心が灼けるように輝いた。
 エミリアは光に飲み込まれながら、祈るように手を胸に当てた。

 (神よ、お願い……!)

 祈りが震えた唇からこぼれたとき、天井の封印がかすかに軋み、冷たい風が吹き抜けた。
 ひと筋の光が差し込む。黒い瘴気の渦を切り裂くように、眩い光が地下へと降り注いだ。
 バネッサが顔を上げる。
 その光の中から、ゆっくりと人影が現れた。
 長い外套の裾が揺れ、銀の髪が淡く光を返す。その姿を見て、エミリアの胸は激しく脈打った。

 「レオナール様!」

 彼は無言のまま階段を下りてくる。その瞳は静かな怒りを宿し、剣の柄を強く握っていた。

 「おかしいわね。あなた、あの結界の視察に出ていたはずでは? こんなに早く着くなんてちょっと計算外だったわ。もう少しこの女を痛めつけてからと思ったのに」
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