月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
レオナールの部屋を辞したあと、エミリアは老執事の案内で屋敷の中を歩いていた。
彼の名はセルジュ・フェントンといい、この屋敷を取り仕切っている者だという。
通路には古い石造りの床が広がり、長い年月を経てもなお磨かれているのか、靴底がかすかに音を立てて反射する。
壁には淡い緑青を帯びた燭台が並び、蝋燭の炎が一つひとつ揺れながら廊下を照らしていた。
その光は明るすぎず、むしろ影を際立たせるようにして城全体を包み込んでいる。
「ここは、思っていたよりも静かですね」
エミリアが呟くと、セルジュは口元にわずかな笑みを浮かべた。
「ええ。この谷に吹く風は一年を通して冷たく、訪れる者も滅多におりません」
セルジュは言葉を選ぶようにして続けた。
「今では私と、料理人がひとり。そして庭を手入れする者がひとり。あとは……殿下付きの文官が時折訪れる程度でございます」
「随分、少ないのですね」
「必要な者だけが残りました。殿下がこの地へお移りになったのは十年ほど前。その頃はまだ従者も多うございましたが……」
「アルフォンス前国王がここへいらっしゃったことは?」
呪われているとはいえ、父親にとっては大事な息子だ。
ところがセルジュはゆっくり頭を振った。