月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
 「いいえ、一度も。生きていくには十分なほど潤沢な資産は分け与えてくださいましたが、お手紙が何度か届いた以外には……」

 言葉を濁すセルジュの横顔には、寂しげな影が差していた。
 第一王子であるルーベンさえいれば、それでよかったのだろうか。なんとも言えず悲しい気持ちになる。
 階段を上がり、二階の奥まった廊下へ進む。廊下の突き当たりに、重厚な扉がひとつあった。
 扉を開けると、香木の香りとともに暖かな空気が流れ込む。

 「こちらが、本日よりエミリア様にお使いいただくお部屋でございます」

 中に足を踏み入れると、思いのほか広い空間が広がっていた。壁は淡い象牙色の漆喰で塗られ、古いが清潔に整えられている。
 窓際には厚手のカーテンがかかり、外の雪明かりがわずかに差し込んでいた。
 暖炉の上には銀の燭台が置かれ、その脇にある机には香油と羽根ペン、それに未使用の羊皮紙が整然と並んでいる。

 「まあ、こんなに整っているなんて」
 「殿下のご意向です。お迎えする方を粗略には扱うな、と」

 その言葉に、胸がわずかに熱を帯びた。

 (やっぱりお優しい方だわ)

 老いた王子の穏やかな眼差しが脳裏に浮かぶ。
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