月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません

 それからというもの、レオナールが怪我をして戻る夜が幾度か続いた。
 手に切り傷を負っていたり、袖口に焦げの跡がついていたり、まるでなにかと戦っているようだった。
 エミリアが治癒の祈りを向けるたび、彼は決まって「すまぬな」と言って目を伏せる。その声の奥には、感謝よりも罪悪に似た響きがあった。
 理由を尋ねたことはない。だがエミリアは感じていた。
 この谷には、なにかがいる。
 それがどういったものなのかわからないが、ただ祈ることしかできなかった。
 そんな日々が続いたある昼のこと。珍しく空が晴れ、白銀の庭に陽が差していた。
 風は冷たくとも光の粒が雪の上でちらちらと瞬き、世界そのものが息をしているよう。
 エミリアが日差しを感じようと庭へ出たときだった。ふとどこからか低く、くぐもった鳴き声が聞こえてきた。
 犬のようでいて、どこか人の声にも似ている。耳を澄ますと、庭の奥から聞こえた。

 (……動物?)

 音のするほうへ足を進めるたびに雪がきしりと鳴る。
 霧の中、倒木の影の下に塊のようなものが見えた。

 「えっ……!」

 思わず声を漏らす。それは獣だった。
 灰と銀を溶かしたような毛並みの大きな体を地に伏せ、肩で荒い息をしている。真っ白な雪に赤い血が滲み、それは痛々しいほど鮮やかだった。
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