月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
 「あなた、怪我をしているのね」

 思わず膝をつき、そっと手を伸ばす。
 その瞬間、獣が牙を剥いた。低く喉を鳴らし、金の双眸がエミリアを射抜く。
 だが次の刹那、その瞳が揺れた。怯えているのだ。

 「怖くないわ。……大丈夫」

 手のひらを広げ、指先に光を灯す。淡い金色の祈りの光が、冷たい空気に溶けていく。
 それが獣の傷口を包んだ。毛の下で血の滲みが静かに止まり、荒かった息がゆっくりと整っていく。
 やがて獣は低く喉を鳴らし、顔を伏せる。その仕草は感謝のようにも見えた。
 背後で雪を踏む足音がし、振り返るとカーリンが駆けてきた。

 「エミリア様! 危のうございます、その子は――!」
 「大丈夫よ。もう落ち着いているわ」

 カーリンは息を呑み、その場に立ちすくんだ。

 「フェンリル……」
 「フェンリル?」
 「はい。聖獣です。北の山々に棲むといわれる神獣……普通は、人に懐くことなど決してありません」

 聖獣。その言葉にエミリアは思わず目を見開いた。
 神殿にいた頃、書物で読んだことはある。聖なる存在に近い生き物だと。王家に加護をもたらす存在であると同時に、神の怒りを告げる者でもある。
 だが実際に見るのは初めてだった。

 「あなたが聖獣……」
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