月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
 (王家が堕ちる……)

 国王ルーベンが神殿との契約を打ち切り、その権威を自分だけのものにしたことが関係しているのかもしれない。
 神の怒りが、聖獣に〝雪を踏ませた〟のではないか。
 しかし、その白い巨体を前にしても不思議と恐怖はなかった。フェンリルの瞳が、どこか懐かしい温もりを宿していたからだ。

 「そして、もうひとつの言い伝えもあります」

 カーリンが躊躇いがちに言葉を続ける。

 「フェンリルは、真の聖女にのみ懐くと。神の選ばれし魂にのみ、膝を折ると――」

 雪が舞う。エミリアの手の上で、フェンリルは静かに目を閉じた。
 その姿を見つめながら、エミリアの胸の奥にかすかな灯がともる。

 (……私が真の聖女だと言うの? いえ、まさか。こんな微力では聖女と名乗るのもおこがましいわ。だけど神がまだ、私を見捨てていないのだとしたら……)

 冷たい風が頬を撫でていく。エミリアは、深い色に沈んだ空を見上げた。
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