月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
 エミリアは息を呑んだ。胸の奥が、静かに温かくなる。
 レオナールの言葉は、凍えていた心に灯をともすようだった。

 (殿下は、懐がとても深いお方だわ……)

 穏やかな横顔を見つめ、エミリアは気持ちが優しくほぐれていくのを感じた。
 やがて馬車が坂を下りはじめると、窓の外に小さな街の屋根が見えてきた。雪の白に包まれた家々のあいだから、人々の笑い声と焼き立てのパンの香りが漂ってくる。

 「着いたようだな」

 レオナールの声に、エミリアは顔を上げた。
 彼の顔は疲れの色が薄れ、ほんのわずかに血の気が戻っている。
 そっと手を離したが、彼の温もりはエミリアの手に優しく残った。
 馬車が止まると、馬が吐き出す白い吐息が空に溶けていく。
 雪をいただく山々に囲まれ、ミカエルの谷の麓にある小さな街が目の前にあった。
 石造りの家々の屋根には薄く雪が積もり、通りには干し果物や毛織物、香草の束を売る露店が並んでいる。鐘の音が遠くで響き、人々の笑い声がその間を縫って流れていく。
 エミリアが馬車を降りると、冷たい風が頬を撫でた。だが、その冷たささえどこか心地いい。
 城の敷地以外の場所に立つのは、どれほど久しぶりのことだろう。
 冬の最中ではあるが、市が行われていた。食べ物や陶器など、様々な露店が並んでいる。
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