月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
 ルーベンには、それが耐えがたかった。まるで自分が聖女に擁護されて今の地位に座っているかのように思えたからだ。
 彼女の目の奥にはいつも誰にも触れられない静けさがあり、ルーベンはその神聖さを、どうしても受け入れられなかった。
 彼女が夜ごと神殿に通い、祈りの間でひとり跪く姿を見たとき、胸の奥で黒いものがざわめいた。
 なぜ、私ではなく神なのだ。彼女の唇から零れるのは、いつも祈りの言葉ばかり。その生真面目さや静粛さが、ルーベンを蝕んでいった。
 そして彼女から逃れるようにして、バネッサに溺れていく。
 バネッサもまた、ルーベンと似た闇を抱えていたため、惹かれ合ったのも無理はないのかもしれない。
 バネッサ・クローデル。
 彼女はかつて神殿で祈りと魔術を学んでいた。聖女候補のひとりとして名を連ねていたが、選ばれたのはエミリアだった。
 優しく真面目で、すべての者に平等に微笑むエミリアに、誰もが信頼を寄せていた。その清らかさが、バネッサには耐えられなかったとルーベンは後になって聞いた。

 『神に選ばれるのは、努力ではなく生まれつきの光なのね』

 そう吐き捨てて神殿を去ったのは、エミリアが聖女の座に就いた翌年のことだ。
 彼女はのちに、ルーベン付きの侍女として王宮に仕え、頭角を現していった。
 冷静で聡明で、他人の欲を見抜くことに長けていた。
 そして、誰よりも早くルーベンの孤独を見抜いた。
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