月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
 エミリアを追放して一カ月半が経過したある夜、バネッサと過ごしていたルーベンの部屋の扉が忙しなく叩かれた。
 静まり返った部屋に、鉄靴の音が響く。入ってきたのは、黒い外套を纏った近衛長だった。

 「陛下、申し上げます」
 「こんな夜更けに何事だ」
 「王都北西の郊外で魔獣の出没が確認されました。被害はまだ軽微ですが、農民が二名行方不明との報告が……」

 ルーベンは眉をひそめた。

 「魔獣だと? ばかな、あの辺りは長らく結界に守られてきたはずだ」
 「はっ。ですが、神殿が封鎖されて以降、結界の維持を行える者がおらず……。残存していた防護陣も、先月の雷雨で損壊したとのこと」

 部屋に沈黙が落ちた。

 「……たわけたことを言うな。神殿の力がなくとも、王都に魔獣など入り込めるものか」

 ルーベンの声は低く、しかしわずかに震えていた。
 バネッサがそっと彼の袖を取る。

 「陛下、落ち着いて。たまたまですわ。北方から流れてきた魔獣の群れでしょう。すぐに鎮圧できます」

 彼女の微笑は、まるで何事もないかのように穏やかだった。
 だが、ルーベンの胸には冷たいものが落ちる。
 王都に魔獣など現れたことはない。それは、千年のあいだ聖女の祈りが保ってきた秩序の証だった。
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