月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
王都へ向かう街道は、春の気配に満ちていた。
エミリアが封印の谷へ向かっていたときとはまるで違う。あのときは北へ向かえば向かうほど気温は下がり、雪が吹きつけ、世界の果てのような光景だった。
今は雪解け水がせせらぎとなって流れ、あちらこちらに小さな花が顔を覗かせている。道中は穏やかで、行く先々で鳥の声が響いた。
日が落ちる頃、エミリアたちは森の外れにある古い宿に泊まることにした。
石造りの壁には蔦が絡まり、窓から沈んでいく太陽が見える。焚き火の煙が細く立ちのぼり、夜の気配がゆっくりと降りはじめていた。
馬車から荷を下ろし終えたあと、エミリアはカーリンとともに食事の支度をしていた。シルバは疲れたのか、床で小さい姿のまま丸くなっている。
火がぱちぱちと音を立てる中、ふと背後に気配を感じて振り返る。そこに立っていたのは、昼間とは違う姿のレオナールだった。
銀の髪が炎の光を受けてきらめき、若々しい姿が闇の中に浮かび上がる。
その姿は何度か見ているはずなのに、エミリアは言葉を失った。
夜の静寂が彼の輪郭をやわらかく包み、夢の中の存在のよう。
「外の風が心地いい。少し散歩をしないか」
そう言って差し出された手を、エミリアはためらいながら取った。
外へ出ると、春の夜気が頬を撫でていく。星々は瞬き、遠くでは夜鶯の声がしている。