あなたとは合わないと思っていたけれど
去っていく武琉の後ろ姿が見えなくなると、菜恵は苦笑いになった。
「まさか天谷さんとここで会うとは思わなかった。意外と庶民的なんだね」
「もしかしたら、この辺に住んでるのかもしれないね」
品川周辺は羽田空港からのアクセスがいいので、空港職員が住むのに便利だ。
家賃相場が高いのが難点で、香澄は更に神奈川寄りの町に住んでいるが、武琉のような人なら品川駅チカの広々したマンションにだって住めそうだ。
「ねえ、さっきの話聞かれたと思う?」
菜恵が少し憂鬱そうに言った。彼女はCAだから武琉と同じフライトなど顔を合わす機会が多い。香澄よりも更にプライベートの話を聞かれたくないのだろう。
「意識して聞いていなければ、内容までは分からないと思うけど」
香澄はお茶を飲みながらのんびり答えた。
「聞いたとしても気にしてないよ」
彼のような人は、他人の結婚観になんて関心がないだろう。
「そうだったらいいけど」
菜恵は失敗したなと呟きながらため息を吐いた。
菜恵が明日フライトとのことで、食事の後はすぐに別れた。彼女がタクシーに乗るのを見送った後、香澄は駅に戻り神奈川方面の電車に乗りこむ。十五分ほど乗車し下車してから徒歩で十分で自宅マンションに帰り着いた。
東京に比べて通勤時間はかかるけれど、その分家賃が抑えられるのでゆとりのある1LDKの部屋を借りることができた。
香澄は部屋に入るとすぐにシャワーを浴びて、もこもこした素材のパジャマに着替えをした。
冷蔵庫から冷たいペットボトルのアイスティーを取り出すと、リビングの片隅に置いてある巨大なビーズクッションにダイブする。
床に転がってボタンが外れたバッグが視界に入ったが無視をした。放置しておいたってどうってことない。けれど実家だったら「片付けろ」と母から口うるさく言われていただろう。