あなたとは合わないと思っていたけれど

 天谷武琉はASJでも有名なエリートパイロットだ。海外での実機研修でトップの成績を上げて副操縦士になり、その後も順調にフライトを熟している。機長への昇格時期は三十代後半から四十代が殆どだが、彼はそれよりも遥かに早く昇格し最年少機長の記録を更新する可能性が高いと言われている。同僚たちからは男女問わず尊敬されているような人物だ。

 同じ会社の人間とはいえ、本社勤務の香澄は彼と関わる機会がまったくと言ってない。だからこんなに近くで彼を見るのは初めてだ。

 香澄は緊張感を覚えながら、椅子から腰を上げた。

「初めまして。本社調達部の西條です」

 お目にかかれて光栄ですというのは固い気がするし、噂を聞いて尊敬していましたも媚びているような気がする。香澄は少し迷ってから結局、簡単な挨拶に留めた。

「こちらこそ。野崎さんとはときどきフライトで一緒になるけど、西條さんとは初めて顔を合わせますね」

 対する武琉の発言はとても自然で礼儀正しい距離感だった。

「はい。新人の頃は羽田勤務だったんですが、四年前に本部に移動になってからはあまり現場に出ることもありませんから」
「四年前だと俺が羽田勤務になった頃だ。すれ違いだったみたいだね」

 武琉がそう言って口角を上げた。何気ない表情だが相手が美形のせいかとても爽やかで感じがいい。香澄はつい見入ってしまった。
 彼は時計をちらりと見てから、申し訳なさそうに眉をひそめた。

「残念だけど次の予定があるんだ。また今度ゆっくり話そう」
「はい」

 香澄は柔らかく微笑み了承したが、社交辞令だと分かっている。エリートパイロットの彼とまた話す機会はおそらく無いだろう。
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