あなたとは合わないと思っていたけれど
 そんな彼女が英二に対しては、再会して間もないのに素の表情で笑っている。

 武琉の胸中に言いようのない不満がこみ上げた。今すぐ香澄に駆け寄って腕を掴みたい。

 引き寄せて自分の腕の中に隠してしまいたい。誰にも奪われないように――。

 そんな衝動がこみ上げたのを自覚した瞬間、武琉は踵を返した。エレベーターホールの隣にある内階段を勢いよく駆け下りた。

(俺は今何を考えたんだ?)

 自分の衝動が信じられない。女性のことで理性を忘れ勢いで行動するなんて今まで決してなかったのに。

 武琉はそのまま親友が経営するダーツバーに向かった。ここは武琉の学生時代からの友人たちが集まり、立場も何もかも気を使わず過ごすことができる場だ。武琉が疲れて息抜きをしたいときの逃げ場でもあった。

「武琉?」

 親友が武琉に気づいて近づいてきた。

「お前どうしたんだ? 様子が変だけど」
「……なんでもない」
「飲みに来たんじゃないよな?」

 親友がいつものノンアルコールカクテルを用意しくれた。武琉は喉を潤しながら自分の内面を見つめ先ほどの行動を振り返った。

 香澄が男と一緒にいることへの怒り。他の男に笑顔を向けたのが許せないと感じた。

 それは自分らしくない激しい衝動で、香澄は何も悪くないと理性では分かっているのに、抑えられなかった。だから武琉は、彼女に何かしてしまうよりも前に、その場から逃げ出したのだ。
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