あなたとは合わないと思っていたけれど
 その理由はもう分かっている。

(まさか、彼女に本気になるなんて)

 契約結婚で迎えた妻のはずだった。決して心を向ける相手ではないはずだった。

 趣味も考え方も相入れない。自分と違う彼女に興味は持ち好感を持ったとしても、愛するなんてあり得ないと思っていた。

 自分は仕事が優先で恋愛感情など持つはずがないと……。

 しかしもう認めるしかなかった。

 武琉は香澄に本気になってしまった。

(自覚したところで、どうしろって言うんだ?)

 自分から言い出した契約結婚で、彼女は武琉を男として見ていないのに。

 武琉は立ち上がり矢を手にした。ダーツボードに次々と放っていく。

 それでも気を紛らわすことは出来ず、頭の中には香澄のことでいっぱいだった。


 その後も、武琉の感情は浮き沈みを繰り返した。

 香澄のさりげない仕草ひとつに目を惹かれ、言葉の裏を読みたくなる。

 彼女も同じように自分を想ってくれていたら……そんな願望を抱かずにいられない。

 完全に気持ちをもっていかれていた。しかし自分で言い出した契約結婚を壊すような真似はできない。

 今までと同様に振る舞うように努めていたが、それでも心の内に隠した彼女への恋愛感情を消すことは簡単ではない。

 そんな武琉の心を見透かしているかのように、香澄の態度もどこか不自然なものになった気がする。

 居心地がよくリラックスしていた自宅での時間が、どこか緊張感を孕んだまるでバランスを崩さないように様子を窺うようなものになっている。

 その変化が、武琉を不安にさせた。

 仕事中をしていても勉強をしていても、いつも香澄のことが頭から離れない。

 このままでは、そう遠くないうちに自分の気持ちが香澄に知られてしまいそうだ。焦りから、ますます香澄に対しての態度が不自然になる。

 以前自分がどのように香澄に接していたか、思い出せなくなりそうだった。

(このままでは駄目だ)

 いっそのこと、彼女に気持ちを打ち明けようか。しかしそうすると自分から言い出した契約結婚の約束を自ら破ることになる。

 一度決めたことを破るのは武琉にとって強い抵抗があることだ。

 何より恐れているのは、本音を打ち換えたら、香澄は離れていってしまうかもしまう可能性があることだ。

 武琉は再びため息を吐いた。人生でこんなにままならないことは初めてだ。努力してもどうにもならないし、解決策も浮かばない。
 自分が情けなくて、身動きがとれないでいた。

 結局、香澄への感情は隠すとしかない。

 決して知られないように。武琉はそう決心した。
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