あなたとは合わないと思っていたけれど
 こみ上げる緊張感に香澄が狼狽えたそのとき、ぐっと体を引き寄せられて、気付けば唇が重なっていた。

 考えてもいなかった状況に驚愕し、香澄は大きく目を見開いた。

 まるで怒りをぶつけるようなキスに、香澄の頭の中は真っ白になった。

 開放されてもすぐに言葉が出ずに、呆然とするばかり。

「……ごめん」

 我に返ったのは、武琉の声が耳に届いたからだった。

(ごめん? え……どういう意味?)

 なぜ突然キスをされたのか。どういう意味があったのか。

 戸惑う香澄に、武琉は「悪かった」ともう一度言うと、そのまま家を出て行ってしまった。

(今のは一体どういうことだったの?)

 まるで嵐のような出来事で、香澄の頭は混乱していた。

 怒った武琉が、突然香澄にキスをしてきて、謝って去ってしまった。

 しばらく立ち尽くしていた香澄は、ゆっくりとしゃがみ込み、機械的に床を拭き始めた。

 けれど、頭の中は武琉のことでいっぱいだ。

 驚いたけど嫌ではなかった。むしろ嬉しかったかもしれない。

 けれど気になるのは、ごめんの一言。

 そう言ったときの彼の表情は、苦悩に満ちていた気がする。

 香澄は床を拭く手をぴたりと止めた。

(まさか、間違ってキスしたとか?)

 そうは見えなかったけれど、彼は酔っ払っていたのだろうか。

(いやまさか、そんなわけない)

 けれどそれならなぜ、彼は謝ったのだろう。
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