あなたとは合わないと思っていたけれど
 早織の顔色が一瞬で曇った。彼女はようやく香澄に顔を向けたがその目は酷くきついものだった。それでも彼女は怒りを飲み込み無理やりの笑顔をつくった。

「ごめんなさい香澄さん、武琉君の影になっていて気づきませんでした」
「大丈夫です」

 嘘だと分かっていたが、それには触れずに相槌を打った。

「香澄さん、私も一緒に帰っていいですか?」

 早織が香澄を見つめる目の奥に嘲りが揺らめいている。どこまでも香澄を邪魔ものとし下に見ている。

 不快感が胸を渦巻き、すぐに返事をできないでいると、早織がまるで酷い暴言を吐かれたかのように傷ついた表情になった。

「返事をしてくれないのは、怒っているからですか?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
「香澄さん、以前も思ったんですけど私のこと嫌いですよね? だから私のことを武琉君から遠ざけようとするんですよね!」

 早織の声がまるで悲劇のヒロインのように悲し気だった。しかも段々大きくなっていく。

 駅までの連絡通路は多くの人が通り過ぎているから、次第に注目を浴び始めた。

「もしかして私と武琉君の関係を勘ぐってますか? だからそんなに私を嫌うんですか? でも私は香澄さんと仲良くしようと頑張っているのに」

 早織の目にはうっすらと涙が浮かび上がる。まるで熟練の俳優が役に入り込んでいるかのようだ。早織の嘘があたかも真実のように周囲の空気すら塗り替えていく。
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