あなたとは合わないと思っていたけれど
 どうしてもしたい仕事をしている訳でもなく、武琉のように明確なポリシーがあるわけでもなく……。

 武琉と香澄の一番の違い。それは心の強さかもしれない。

 彼は自分に自信があり実際実績もある、努力を惜しまないし、傷つくことを恐れて逃げない。

「武琉さんはどうしてパイロットになったんですか?」

 思わずそんな言葉が口をついて出た。

「きっかけは単純だよ。中学生の頃にパイロットに憧れて、自分も絶対なるって決心したんだ。その勢いのまま今日まできた」

 踏み込んだ質問かとも思ったが、武琉は気分を害すことなく答えてくれた。

「そうなんですね。昔からの頃の夢を叶えたなんて尊敬します」

 香澄はそんな情熱を持ったことはない。必死で受験勉強をしたし、就職のときも苦労はしたけれど、それは本当に自分のやりたいことであったか聞かれると、自信を持ってはいとは言えない。

 武琉はどこか照れたように笑った。

「尊敬してるなんて言われると申し訳なくなるな。俺は自分がやりたいことをやっているだけだから。親からは散々我儘だと言われたし、兄からは自由な奴だって呆れられてるよ」

「そんなことないですよ。目標に向かって頑張るのは尊いです」

 武琉は「そうかな」と小さく呟き一瞬香澄から視線を逸らしたがすぐに続きを口にする。

「でもまだ機長にはなれていないから、目標を達成したとは言えないな」
「あと少しで昇格だって言われていますよね。ASJ史上で最年少の機長になるって」
「そうなるように頑張るよ。きっかけは単純だったけど、この仕事に就いて天職だったと感じるんだ。希望をもって新しい地に向かう人たちを安全に運ぶ。誰かの助けになる夢がある仕事だと思わないか?」
「……そうですね、そう思います」

 香澄は本気で頷いた。

 初めて持った夢を持ちづけて叶えて、今でもまだ努力し続ける人。人との縁を大切にしていつもエネルギーに溢れている人。

 名前だけの夫である彼は、とても尊敬に値する人だった。

 香澄は武琉の笑顔から、しばらく目が逸らせなかった。
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