好きって送れなかった

日常に溢れる想い

体育館の空気は、熱気とシューズのきしむ音で満ちていた。
天井から吊るされたゴールに、オレンジ色のボールが何度も弧を描く。


「次はクラス対抗だぞー!」


先生の声に、みんなが赤と白のビブスに分かれて散っていく。
正直、私は運動が大の苦手。球技なんてもっての外…

(うわぁ……最後まで足引っ張りそう)

気が重いまま自分のチームへ歩いていくと、胸の奥がふっと跳ねた。

私は白チーム——
つい、キョロキョロと辺りを探してしまう。
目が勝手に、彼を追っていた。

……悠翔くんも、白チームだ。

その瞬間、どうしようもなく鼓動が速くなる。

ただ同じチームになっただけなのに、こんなに嬉しいなんて。

(でも……悠翔くん、普段は本気出さないんだよね。
 いつもは、ちょっと力抜いてる感じで。目立つの、好きじゃなさそうだし)

それでも、今日はなんだか——。

 今日の悠翔くんは違っていた。

 額に汗をにじませ、鋭い目で相手の動きを追う。
俊敏なステップでボールを運ぶ姿は、普段の飄々とした雰囲気とはまるで別人みたいだった。

(……かっこいい)

気づけば、目が離せなかった。
けれど試合は簡単じゃない。
やっぱり、リーダーの悠翔くんが二人に囲まれて、ボールを奪われそうになる。

それに気づいたバスケ部の秋川くんが、悠翔くんの方へ走り出す。
それを、私はただ祈るように見ていた。

 その瞬間——


「——心葉っ!」


 名前を呼ばれた。
 大きく、はっきりと。
 体育館中に響き渡る声。


「えっ——」


 次の瞬間、ボールが一直線に飛んでくる。
 胸の奥にぶつかるみたいにキャッチした。


「わ、わっ!」


とっさに走り出し、リングへ向かってシュートを放つ。
ふわりと浮かんだボールは、夕陽みたいな光を反射して——

 カシャン、と心地よい音を立てながら、綺麗にリングを通り抜けた。


「うおぉー!」「ナイス、朝比奈!」


 歓声と拍手に包まれる中、私はただ耳まで真っ赤になって立ち尽くした。

(……こんなに堂々と名前呼ばれたの、初めて)

 胸が熱くて、呼吸さえ苦しい。
 けれど不思議と、嫌じゃなかった。むしろ——

***

 休憩が終わる笛が体育館に響いた。
それでも胸の奥では、まだ彼の声が残っている。


——「心葉っ!」


「っ……!」


一瞬で顔が熱くなる。慌てて水筒を手に取り、冷たい水を口に含んだ。
ひんやりとした感覚が喉を通り過ぎ、少しだけ落ち着く。


「ふぅ……」


そこで、不意に名前を呼ばれた。


「……心葉」


(……悠翔くん!?)

顔を上げると、汗をぬぐいながら悠翔くんがこちらを見ていた。

「やっぱ、お前にパスしたくなるんだよな」

ニカっと笑って言う悠翔くんは、太陽みたいで眩しい。

耳の奥が熱い。嬉しくて、泣きたくなるくらい。
でも同時に、頭のどこかで冷静な声がささやいていた。

(……悠翔くんはもう、恋なんてしたくないはずだ)

美咲を振ったあの日の夕暮れを思い出す。
あんなふうに真剣に断った彼が、すぐに誰かを好きになるなんて……。

だからきっと、さっきの言葉も、ただのバスケの一場面。

深い意味なんてない。
わかってるのに。

——彼の瞳が私を見たとき、世界中がふっと消えた気がした。

「……ばか」

自分に向かって小さくつぶやき、耳まで赤くなったままボールを抱きしめる。

***

そのやり取りを、少し離れた場所から美咲が見ていた。
 笑顔でクラスメイトに話しながらも、視線はそっと逸らされる。

(……いいなぁ)

 胸の奥にひんやりとした痛みが広がる。
 でも、それを口にすることはできなかった。

 だって心葉は大切な親友だから。
 そして、悠翔くんはただのクラスメイト。

 笑うみんなの声と、体育館に反響するボールの音が混じり合って——
 ほんの少しだけ切ない空気を、美咲の胸の奥に閉じ込めていった。
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