好きって送れなかった
文化祭の本番は明後日。
教室も廊下も、まるでお祭り前夜の空気に包まれていた。
私は実行委員の腕章をつけて、看板の色塗りや飾りつけで走り回っていた。
忙しいはずなのに、心は落ち着かなかった。
体育館の舞台で台本を片手に立つ悠翔くんの姿が、視界の端に映るたび、どうしても目を奪われてしまう。
舞台の上で台詞を口にする横顔は、いつもよりずっと大人っぽく見えて。
隣で笑顔を向けている美咲と並ぶと、本当にお似合いに思えてしまう。
(……応援しなきゃ。友達だし、私は実行委員だから)
そう自分に言い聞かせ、ペンキの刷毛を握り直した。
*
放課後、夕焼け色の廊下。
美咲が悠翔くんを呼び止めていた。
「悠翔くん……ちょっと、話せる?」
「ん? ああ、いいよ」
変わらない、優しい声。
美咲は唇を震わせながら、絞り出すように言った。
「……私ね、ずっと悠翔くんのことが好きなの。
舞台で練習するうちに、気持ちがもっと強くなって……
だから“伝えたくて”」
沈黙が落ちる。
悠翔くんは驚いたように目を瞬いたあと、まっすぐに私を見た。
「……高坂さん、言ってくれてありがとう」
声は柔らかい。でも、その次は揺るがなかった。
「ごめん。俺、もう好きな人がいるんだ」
その言葉と同時に、ふと彼の視線が校庭の方へ流れた。
夕陽に染まった窓の向こう、看板を抱えて歩いているのは——親友の心葉。
私に向かない、甘くて優しい瞳。
その眼差しに込められた気持ちを、美咲は一瞬で理解してしまった。
(……心葉しか、その瞳はとらえてないんだ)
——思い出す。
中学の帰り道、雨の日に傘を差し出してくれたこと。
体育祭の練習で私が転んだとき、真っ先に駆け寄って「大丈夫か?」って笑ってくれたこと。
みんなが騒いでいる時でも、ひとり冷静に支えてくれる姿。
その一つひとつに、私は惹かれていったんだ。
(……最初からずっと、私は悠翔くんが好きだった)
だからこそ、わかってしまう。
悠翔くんが、心葉を見るときだけ特別に優しくなる理由を。
心葉より、ずっと前から私は好きだった。
……でも、私の大好きなその人は、もうずっと、心葉に向かってたんだ。
胸がきゅっと締めつけられる。
でも、責めることなんてできなかった。
(……わかってたんだ、最初から。結末はこうだって)
悠翔くんが心葉を好きなのも、心葉が悠翔くんを想ってるのも。
あの日、応援してるって笑った心葉の顔が頭をよぎる。
私は、そんなお人好しで、優しい心葉が大好き。
——悠翔くんが惹かれたのも、きっとその部分だろう。
「……ありがとう」
その言葉は、どっちに言ってるんだろうな…なんて思ってしまう。
唇に浮かべた笑顔は、少し震えていた。
きっと、ちゃんと笑えてない。可愛くない。
それでも、涙は見せたくなくて。
その場を走り去った。
♦︎
私は準備室で刷毛を洗っていた。
(なかなか落ちないなぁ……)
水道に広がる赤や青の絵の具の跡を眺めながら、手を止める。
「え……?」
突然、扉が勢いよく開いた。
飛び込んできたのは、美咲。
目が赤く腫れていて、息も少し乱れている。
「美咲……? どうしたの?」
思わず声をかけると、美咲は一瞬だけ私を見て、ぎゅっと唇を噛んだ。
それから、何かをこらえるように目を伏せる。
「ごめん、ちょっと……ここ、いい?」
「うん、もちろん」
刷毛を置いて、タオルで手を拭きながら彼女の隣に腰を下ろす。
準備室の静けさの中で、水道のポタポタという音だけが響いていた。
「……ねぇ、心葉」
聞いた事ないくらい、かすかな声。
私は息をのむ。
「……悠翔くんのこと、ずっと好きだったんだ。
あの時、困ってた私を助けてくれて……
それから、ずっと」
美咲の声は震えていた。
「でも…ごめん、急にこんなこと話して。もう行くね」
彼女は泣き笑いみたいな顔を残して、背を向けた。
扉が開いて、閉まる音がやけに大きく響いた。
胸の奥がぎゅっと掴まれる。
無理やり口角をあげて見送ったけど、心臓はざわめいて仕方なかった。
(……私、応援するなんて言ったのに)
唇を噛む。
本当は応援なんてできない。
だって、私も好きだから。大切な恋人だったから。
でも、友達の前では笑うしかなかった。
そして胸の奥では、どうしようもなく——ほんの少し、嬉しいと思ってしまった。
頭に浮かんだのは、夏の夕暮れ。
忘れ物を取りに行った教室で、ふたりきりで交わした笑顔。
その時からずっと、私の世界の真ん中は悠翔くんだった。
(……私、最低だ)
文化祭はもうすぐ。
明後日、幕が上がったとき。
私と悠翔くんは、どんな顔で互いを見てしまうんだろう。
美咲は、どうなってしまうのだろう。
私は思わず、美咲を追って駆けだした。
教室も廊下も、まるでお祭り前夜の空気に包まれていた。
私は実行委員の腕章をつけて、看板の色塗りや飾りつけで走り回っていた。
忙しいはずなのに、心は落ち着かなかった。
体育館の舞台で台本を片手に立つ悠翔くんの姿が、視界の端に映るたび、どうしても目を奪われてしまう。
舞台の上で台詞を口にする横顔は、いつもよりずっと大人っぽく見えて。
隣で笑顔を向けている美咲と並ぶと、本当にお似合いに思えてしまう。
(……応援しなきゃ。友達だし、私は実行委員だから)
そう自分に言い聞かせ、ペンキの刷毛を握り直した。
*
放課後、夕焼け色の廊下。
美咲が悠翔くんを呼び止めていた。
「悠翔くん……ちょっと、話せる?」
「ん? ああ、いいよ」
変わらない、優しい声。
美咲は唇を震わせながら、絞り出すように言った。
「……私ね、ずっと悠翔くんのことが好きなの。
舞台で練習するうちに、気持ちがもっと強くなって……
だから“伝えたくて”」
沈黙が落ちる。
悠翔くんは驚いたように目を瞬いたあと、まっすぐに私を見た。
「……高坂さん、言ってくれてありがとう」
声は柔らかい。でも、その次は揺るがなかった。
「ごめん。俺、もう好きな人がいるんだ」
その言葉と同時に、ふと彼の視線が校庭の方へ流れた。
夕陽に染まった窓の向こう、看板を抱えて歩いているのは——親友の心葉。
私に向かない、甘くて優しい瞳。
その眼差しに込められた気持ちを、美咲は一瞬で理解してしまった。
(……心葉しか、その瞳はとらえてないんだ)
——思い出す。
中学の帰り道、雨の日に傘を差し出してくれたこと。
体育祭の練習で私が転んだとき、真っ先に駆け寄って「大丈夫か?」って笑ってくれたこと。
みんなが騒いでいる時でも、ひとり冷静に支えてくれる姿。
その一つひとつに、私は惹かれていったんだ。
(……最初からずっと、私は悠翔くんが好きだった)
だからこそ、わかってしまう。
悠翔くんが、心葉を見るときだけ特別に優しくなる理由を。
心葉より、ずっと前から私は好きだった。
……でも、私の大好きなその人は、もうずっと、心葉に向かってたんだ。
胸がきゅっと締めつけられる。
でも、責めることなんてできなかった。
(……わかってたんだ、最初から。結末はこうだって)
悠翔くんが心葉を好きなのも、心葉が悠翔くんを想ってるのも。
あの日、応援してるって笑った心葉の顔が頭をよぎる。
私は、そんなお人好しで、優しい心葉が大好き。
——悠翔くんが惹かれたのも、きっとその部分だろう。
「……ありがとう」
その言葉は、どっちに言ってるんだろうな…なんて思ってしまう。
唇に浮かべた笑顔は、少し震えていた。
きっと、ちゃんと笑えてない。可愛くない。
それでも、涙は見せたくなくて。
その場を走り去った。
♦︎
私は準備室で刷毛を洗っていた。
(なかなか落ちないなぁ……)
水道に広がる赤や青の絵の具の跡を眺めながら、手を止める。
「え……?」
突然、扉が勢いよく開いた。
飛び込んできたのは、美咲。
目が赤く腫れていて、息も少し乱れている。
「美咲……? どうしたの?」
思わず声をかけると、美咲は一瞬だけ私を見て、ぎゅっと唇を噛んだ。
それから、何かをこらえるように目を伏せる。
「ごめん、ちょっと……ここ、いい?」
「うん、もちろん」
刷毛を置いて、タオルで手を拭きながら彼女の隣に腰を下ろす。
準備室の静けさの中で、水道のポタポタという音だけが響いていた。
「……ねぇ、心葉」
聞いた事ないくらい、かすかな声。
私は息をのむ。
「……悠翔くんのこと、ずっと好きだったんだ。
あの時、困ってた私を助けてくれて……
それから、ずっと」
美咲の声は震えていた。
「でも…ごめん、急にこんなこと話して。もう行くね」
彼女は泣き笑いみたいな顔を残して、背を向けた。
扉が開いて、閉まる音がやけに大きく響いた。
胸の奥がぎゅっと掴まれる。
無理やり口角をあげて見送ったけど、心臓はざわめいて仕方なかった。
(……私、応援するなんて言ったのに)
唇を噛む。
本当は応援なんてできない。
だって、私も好きだから。大切な恋人だったから。
でも、友達の前では笑うしかなかった。
そして胸の奥では、どうしようもなく——ほんの少し、嬉しいと思ってしまった。
頭に浮かんだのは、夏の夕暮れ。
忘れ物を取りに行った教室で、ふたりきりで交わした笑顔。
その時からずっと、私の世界の真ん中は悠翔くんだった。
(……私、最低だ)
文化祭はもうすぐ。
明後日、幕が上がったとき。
私と悠翔くんは、どんな顔で互いを見てしまうんだろう。
美咲は、どうなってしまうのだろう。
私は思わず、美咲を追って駆けだした。