好きって送れなかった

置いてけぼりな私

九月に入ると、学校は一気に「文化祭モード」に包まれた。
教室の黒板には進行表が貼られ、休み時間も実行委員や係の打ち合わせで慌ただしい。

私は実行委員に立候補していたから、放課後は準備でいつも教室に残っていた。看板の下書きをしたり、材料を買い出しに行ったり、作業に追われる日々。

疲れるけど、みんなで何かを作り上げる雰囲気は嫌いじゃなかった。
でも——その分、悠翔くんと話す時間はどんどん減っていった。


放課後の教室。
机を寄せて、文化祭の演劇の配役を決める話し合いが始まった。
進行役を任された私は、黒板の前でマーカーを握る。
みんなの視線が集まって、胸がざわついた。

「じゃあ……まず、王子役。誰がいいかな?」

沈黙のあと、すぐに数人の声が重なる。

「佐伯くんでしょ」
「背高いし、雰囲気合う!」
「あー確かに!」

あっという間に多数決は決まった。
黒板に「王子=佐伯悠翔」と書きながら、横目で彼を見る。
悠翔くんは、少し肩をこわばらせながら「別にいいよ」と答えた。
その声は淡々としていたけれど、耳がほんのり赤い。

(……やっぱり、ちょっと照れてるんだ)

思わず笑いそうになったそのとき、悠翔くんがふいに私の名前を呼んだ。

「朝比奈、進めていいだろ」

「えっ、あ、うん!」

(……いま、“朝比奈”って呼んでくれた……!)

胸が一気に熱くなって、黒板に向き直るのに必死だった。

「じゃあ、次。ヒロイン役は…」

途端に教室がにぎやかになる。

「美咲がいいんじゃない?」
「かわいいし、お姫さま役っぽい!」
「うんうん、絶対似合うよ!」

悠翔くんに集まっていた視線が一斉に美咲へ向かう。

「え、私?」と目を丸くする美咲。
けれどすぐに「…がんばってみようかな」と笑った。
その笑顔には、戸惑いと同時に嬉しさもにじんでいた。

黒板に「ヒロイン=高坂美咲」と書き込んだ瞬間、視線の端で悠翔くんの表情がわずかに曇った。

ほんの一瞬。でも確かに。

(……やっぱり、そうだよね)

胸の奥に、チクリと痛みが走る。

王子とヒロイン。悠翔くんと美咲。
舞台で並ぶのにふさわしいのは、美咲なんだ。

そう思うと切ないのに——同時に嬉しかった。
大好きな友達が選ばれて、喜んでいる姿を見るのは、やっぱり嬉しいから。
胸のざわつきを無視して、次の配役を呼びかけた。

ーーー

その日から、悠翔くんは演劇の主役に選ばれて、毎日体育館に缶詰状態。
一方で、私は準備室で作業。
廊下ですれ違うことはあっても、立ち止まって話すことはなくて。

(前みたいに声をかけてくれたら……って、期待しちゃダメだよね)

LIMEの通知も、前みたいに頻繁には来なくなった。

「心葉〜!次、釘持ってきて!」

「あ、はーい!」

みんなに呼ばれて駆けまわる中、視線の端に悠翔くんが映った。

体育館の扉の向こう、仲間と台本を読み合わせている。
舞台の中央で台詞を口にする彼は、クラスで見るよりずっと大人びて見えて。

その隣に、美咲が立っていた。
笑顔で悠翔くんと台詞を合わせるふたりは、なんだか本物の恋人同士みたいに見えてしまって。
胸がチクリと痛んだ。

(……私なんかより、美咲の方がお似合いなのかもしれない)

作業に戻ろうとしたそのとき、不意に悠翔くんがこちらを見た。

目が合った。
思わず立ち止まってしまう。
けれど、悠翔くんはすぐに視線を逸らし、練習に戻った。

その一瞬の沈黙が、私の心に小さな波紋を広げていく。
準備の音に紛れて、そっとLIMEを開く。
画面には、最後にやりとりした「おやすみ」が残っているだけ。
指先が勝手に文字を打ち始めた。

________

ねえ、悠翔くん。どうして、最近は私を見てくれないの?

 ̄ ̄ ̄ ̄

送信ボタンに指をかけて、心臓がドクドクとうるさい。
……押せない。

(だめだよ、こんなの。重いって思われちゃう)

消そうとしても、なかなか消せなくて。
結局そのままスマホを閉じ、机の上に伏せた。
胸の奥には、伝えられなかった想いだけが残っていた。
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