好きって送れなかった
うそつき
文化祭まで、あと三週間。
放課後の教室は、毎日が工房みたいににぎやかだった。木材を切る音、釘を打つ音、絵の具の匂い。
笑い声や呼びかけが飛び交って、少しも静まらない。
私は実行委員だから、看板やポスターの下書き、備品の管理に追われていた。
机の上にはマーカーやガムテープが散らばっていて、手は絵の具でまだらに染まっている。
そんな中、机を四角く並べて、文化祭実行委員の会議が始まった。
黒板の前に立った委員長が資料を広げ、声を上げる。
「じゃあ次、装飾係の担当決めます。看板と背景のデザイン、誰がやる?」
ざわめく教室の空気の中で、委員長の視線が私の方に向いた。
「朝比奈と佐伯で、やってくれる?」
(え、悠翔くんと…!?)
戸惑い半分、緊張半分だけど、関われるのは素直に嬉しい。
「分かりました」
慌てて頷くと、隣の悠翔くんも軽く手を挙げて「了解です。」と返す。
それだけのことなのに、胸の奥がじんわり熱くなる。
「二人で打ち合わせして、来週までに下書きお願いね」
そう告げられた瞬間だった。
「……大丈夫。な、朝比奈」
悠翔くんが、ふと私を呼んだ。
——呼び捨てで。
そう呼ばれるのは2回目だけど、普段は必ず「朝比奈さん」って言うのに。
胸のドキドキがおさまらない。
顔が真っ赤になっている気がする。
「えっ……あ、うん。がんばる」
声が裏返ってしまう。
けれど彼は、気づかないふりをするように前を向いたままだった。
(…なに、これ。心臓の音、絶対まわりに聞こえてる)
どうしようもなく胸が騒ぐ。けれど、表情は崩せない。
「じゃあ、次は大道具係ね」
委員長の声に、空気はまた別の話題に流れていった。
ーー
会議が終わり、片付けが始まる。机を拭きながら、私はつい悠翔くんの横顔を盗み見てしまう。
彼は資料を閉じながら、隣の美咲に「大道具は大変そうだな」って笑いかけていた。
「うん。でも楽しそうだし!頑張るよ」
美咲も笑顔で返す。
二人のやりとりは自然で、距離が近いように見えた。
(……ああ、やっぱり美咲の方がお似合いなんだ)
胸がきゅっと縮む。
でも同時に、さっきの一瞬——呼び捨てされた自分だけが特別みたいに思えて。
その余韻が、まだ胸の奥で燻っていた。
◆
看板の下書きを描き始めてから、一時間ほど経った頃だった。
窓の外はすでに夕焼け色で、机の上の紙を朱に染めている。
「ねえ、心葉。ちょっといい?」
突然名前を呼ばれて顔を上げると、美咲が立っていた。
彼女の声は、いつもより少し低くて、真剣な響きが混じっている。
私は筆を置き、「うん」と答えて立ち上がる。
周りの友達に「ちょっと行ってくるね」と声をかけ、彼女と一緒に廊下に出た。
夕陽が西の窓から差し込んで、床に細長い影を落としている。
人のいなくなった廊下は、教室の喧騒が遠くに響いてくるだけで、不思議なくらい静かだった。
「どうしたの?」
「……あのね」
美咲は、少し俯いたまま言葉を探しているようだった。
長い髪が横顔を隠して、その表情はよく見えない。
でも、わずかに震える指先に、これからの言葉の重さを感じ取った。
数秒の沈黙のあと、美咲は顔を上げる。
真剣な瞳が、私をまっすぐ射抜いた。
「私……悠翔くんのことが好きなの」
心臓が大きく跳ねた。
「——えっ」
驚きで声が裏返る。
知っていたはずだった。
美咲が彼を見る目が、特別なものだって。
でも、本人の口から「好き」と聞かされると、胸の奥
で何かが強くきしんだ。
「ずっと前から、中学の頃から好きだったの。
勇気がなくて言えなかった。
でも今回の演劇で一緒に舞台に立つことになって……
余計に気持ちが大きくなっちゃって。
だから、ちゃんと伝えたいって思ったの」
夕陽に照らされた美咲の横顔は、真剣そのものだった。
親友のそんな顔を見たのは初めてで、胸がぎゅっと締めつけられる。
(……どうしよう。
私も同じ人が好きだなんて、言えるわけない。
しかも、悠翔くん……
ほんとうに私のこと、好きなのかな?)
メールの件がバラされてから、話す時間は減った。
「朝比奈さんが好きって言えるまで、俺は待つよ」
そう言ってくれた顔は、消えない。離れない。
だけど、既読も遅くなったし、目が合っても逸らされることが増えた。
うじうじして、はっきり言えない鈍臭い私より、可愛いくて、優しい美咲の方がお似合いだよね。
頭の中で言葉が渦を巻く。
本当は叫びたい。「私だって同じ人が好き」って。
でも、それを口にしたら美咲を傷つけてしまう。
だから、笑わなきゃって思った。
私は——笑顔を作った。
「……美咲なら、絶対うまくいくよ」
大丈夫? ちゃんと笑えてる?
口角は上がってる? 声は震えてない?
「心葉……」
ねぇ、そんな顔しないでよ。
泣きそうにしないで。
美咲は笑っててよ。
私のためじゃなくて、自分の…美咲のためにさ。
「応援してる。ほんとに」
あぁ、言っちゃった。
震える唇から絞り出すように。
胸の奥で「嘘つき」という声が響く。
でも、美咲の前で泣くなんてできなかった。
親友の幸せを願うふりをして、私の気持ちはまた隠さ
れたまま。
美咲は少し照れたように微笑み、「ありがとう」と小さな声で言った。
その笑顔に、私はさらに胸を痛めた。
◆
けれど、その会話を——偶然、見ていた人がいた。
廊下の角に立ち止まっていた悠翔。
部活の練習を終えて教室に戻る途中、二人の姿が目に入ったのだ。
朝比奈の親友…高坂さんの真剣な表情。
そして、その言葉を受けて笑顔で「応援する」と答える朝比奈。
声は届いていなかった。
けれど、表情だけで十分だった。
(……やっぱり、朝比奈は俺を避けてるんだ)
胸の奥で、何かがきしむ。
ほんの少し前まで、彼女は「だいすき」って言ってくれたのに。
あの一瞬を、俺は信じてたのに。
(勘違いだったんだな。
あれは、ただの気まぐれだったのかも)
視線を逸らし、悠翔は足早に教室へ戻っていった。
◆
私はまだ、何も知らない。
ただ親友に「応援してる」と強がっただけなのに。
その笑顔が、その強がりが。
大切な人を遠ざけてしまったなんて——。
放課後の教室は、毎日が工房みたいににぎやかだった。木材を切る音、釘を打つ音、絵の具の匂い。
笑い声や呼びかけが飛び交って、少しも静まらない。
私は実行委員だから、看板やポスターの下書き、備品の管理に追われていた。
机の上にはマーカーやガムテープが散らばっていて、手は絵の具でまだらに染まっている。
そんな中、机を四角く並べて、文化祭実行委員の会議が始まった。
黒板の前に立った委員長が資料を広げ、声を上げる。
「じゃあ次、装飾係の担当決めます。看板と背景のデザイン、誰がやる?」
ざわめく教室の空気の中で、委員長の視線が私の方に向いた。
「朝比奈と佐伯で、やってくれる?」
(え、悠翔くんと…!?)
戸惑い半分、緊張半分だけど、関われるのは素直に嬉しい。
「分かりました」
慌てて頷くと、隣の悠翔くんも軽く手を挙げて「了解です。」と返す。
それだけのことなのに、胸の奥がじんわり熱くなる。
「二人で打ち合わせして、来週までに下書きお願いね」
そう告げられた瞬間だった。
「……大丈夫。な、朝比奈」
悠翔くんが、ふと私を呼んだ。
——呼び捨てで。
そう呼ばれるのは2回目だけど、普段は必ず「朝比奈さん」って言うのに。
胸のドキドキがおさまらない。
顔が真っ赤になっている気がする。
「えっ……あ、うん。がんばる」
声が裏返ってしまう。
けれど彼は、気づかないふりをするように前を向いたままだった。
(…なに、これ。心臓の音、絶対まわりに聞こえてる)
どうしようもなく胸が騒ぐ。けれど、表情は崩せない。
「じゃあ、次は大道具係ね」
委員長の声に、空気はまた別の話題に流れていった。
ーー
会議が終わり、片付けが始まる。机を拭きながら、私はつい悠翔くんの横顔を盗み見てしまう。
彼は資料を閉じながら、隣の美咲に「大道具は大変そうだな」って笑いかけていた。
「うん。でも楽しそうだし!頑張るよ」
美咲も笑顔で返す。
二人のやりとりは自然で、距離が近いように見えた。
(……ああ、やっぱり美咲の方がお似合いなんだ)
胸がきゅっと縮む。
でも同時に、さっきの一瞬——呼び捨てされた自分だけが特別みたいに思えて。
その余韻が、まだ胸の奥で燻っていた。
◆
看板の下書きを描き始めてから、一時間ほど経った頃だった。
窓の外はすでに夕焼け色で、机の上の紙を朱に染めている。
「ねえ、心葉。ちょっといい?」
突然名前を呼ばれて顔を上げると、美咲が立っていた。
彼女の声は、いつもより少し低くて、真剣な響きが混じっている。
私は筆を置き、「うん」と答えて立ち上がる。
周りの友達に「ちょっと行ってくるね」と声をかけ、彼女と一緒に廊下に出た。
夕陽が西の窓から差し込んで、床に細長い影を落としている。
人のいなくなった廊下は、教室の喧騒が遠くに響いてくるだけで、不思議なくらい静かだった。
「どうしたの?」
「……あのね」
美咲は、少し俯いたまま言葉を探しているようだった。
長い髪が横顔を隠して、その表情はよく見えない。
でも、わずかに震える指先に、これからの言葉の重さを感じ取った。
数秒の沈黙のあと、美咲は顔を上げる。
真剣な瞳が、私をまっすぐ射抜いた。
「私……悠翔くんのことが好きなの」
心臓が大きく跳ねた。
「——えっ」
驚きで声が裏返る。
知っていたはずだった。
美咲が彼を見る目が、特別なものだって。
でも、本人の口から「好き」と聞かされると、胸の奥
で何かが強くきしんだ。
「ずっと前から、中学の頃から好きだったの。
勇気がなくて言えなかった。
でも今回の演劇で一緒に舞台に立つことになって……
余計に気持ちが大きくなっちゃって。
だから、ちゃんと伝えたいって思ったの」
夕陽に照らされた美咲の横顔は、真剣そのものだった。
親友のそんな顔を見たのは初めてで、胸がぎゅっと締めつけられる。
(……どうしよう。
私も同じ人が好きだなんて、言えるわけない。
しかも、悠翔くん……
ほんとうに私のこと、好きなのかな?)
メールの件がバラされてから、話す時間は減った。
「朝比奈さんが好きって言えるまで、俺は待つよ」
そう言ってくれた顔は、消えない。離れない。
だけど、既読も遅くなったし、目が合っても逸らされることが増えた。
うじうじして、はっきり言えない鈍臭い私より、可愛いくて、優しい美咲の方がお似合いだよね。
頭の中で言葉が渦を巻く。
本当は叫びたい。「私だって同じ人が好き」って。
でも、それを口にしたら美咲を傷つけてしまう。
だから、笑わなきゃって思った。
私は——笑顔を作った。
「……美咲なら、絶対うまくいくよ」
大丈夫? ちゃんと笑えてる?
口角は上がってる? 声は震えてない?
「心葉……」
ねぇ、そんな顔しないでよ。
泣きそうにしないで。
美咲は笑っててよ。
私のためじゃなくて、自分の…美咲のためにさ。
「応援してる。ほんとに」
あぁ、言っちゃった。
震える唇から絞り出すように。
胸の奥で「嘘つき」という声が響く。
でも、美咲の前で泣くなんてできなかった。
親友の幸せを願うふりをして、私の気持ちはまた隠さ
れたまま。
美咲は少し照れたように微笑み、「ありがとう」と小さな声で言った。
その笑顔に、私はさらに胸を痛めた。
◆
けれど、その会話を——偶然、見ていた人がいた。
廊下の角に立ち止まっていた悠翔。
部活の練習を終えて教室に戻る途中、二人の姿が目に入ったのだ。
朝比奈の親友…高坂さんの真剣な表情。
そして、その言葉を受けて笑顔で「応援する」と答える朝比奈。
声は届いていなかった。
けれど、表情だけで十分だった。
(……やっぱり、朝比奈は俺を避けてるんだ)
胸の奥で、何かがきしむ。
ほんの少し前まで、彼女は「だいすき」って言ってくれたのに。
あの一瞬を、俺は信じてたのに。
(勘違いだったんだな。
あれは、ただの気まぐれだったのかも)
視線を逸らし、悠翔は足早に教室へ戻っていった。
◆
私はまだ、何も知らない。
ただ親友に「応援してる」と強がっただけなのに。
その笑顔が、その強がりが。
大切な人を遠ざけてしまったなんて——。