好きって送れなかった
揺れる三角関係
演劇の練習は放課後の教室をほとんど占拠して、毎日熱気と笑い声でいっぱいだった。
大道具を組み立てる音や、せりふを合わせる声、衣装係が針を動かす音まで混ざり合って、まるでひとつの大きな舞台の裏側にいるみたいだった。
かく言う私は、装飾のデザイン担当の子が体調不良で休んでしまった分をやっている。
黒板の端で、一人背景の下絵を広げていた。
色を重ねる筆先は震えてはいないはずなのに、胸の奥はざわざわして落ち着かない。
その理由は、少し離れた場所で楽しそうに笑い合う二人だった。
「ねぇ、ここってもうちょっとセリフ強めに言った方がいいかな?」
「そうだな。お前はヒロインなんだから、遠慮せず目立てばいいよ」
悠翔くんと、美咲。
練習の合間に台本を手に顔を寄せ合って話している。美咲は嬉しそうに笑っていて、悠翔くんも自然にそれに応じていた。
胸の奥が、きゅっと縮む。
親友の気持ちを知ったからこそ、二人の距離が近づいていくのを「よかったね」と思わなきゃいけない。
けれどそのたびに、息が詰まるように苦しかった。
(……私なんて、入る隙ないよね)
筆先に視線を止めて、そっと視線を逸らす。
でも、耳は勝手に二人の笑い声を追ってしまう。
新しくつけたインクは、私の心みたいにたくさんの色を含んでいて、濁り、暗かった。
――そんな心葉の様子に、悠翔くんが気づいていないはずがなかった。
*
練習が一段落したあと、私は絵の具を洗いに準備室へ向かった。
その帰り道、廊下の角でふいに立ち止まられる。
「……なぁ」
振り返ると、悠翔くんがいた。
いつもより真剣な顔で、少し言いにくそうに口を開いた。
「最近さ……なんで俺のこと避けるんだよ」
「え……?」
胸が跳ねた。
避けてるつもりなんてなかった。
ただ、どうしても目が合うと苦しくて。
言葉を交わせば、余計に気持ちを隠せなくなりそうで。
「別に……避けてなんかないよ」
咄嗟に笑顔を作る。けれど声は震えていた。
「ほんとに?」
悠翔くんの目は、どこか疑うように細められている。
言い訳なんて全部見透かされてしまいそうで、私は視線を逸らすしかなかった。
「……ごめん、作業戻るね」
逃げるように言って、教室へと歩き出す。
背中に悠翔くんの視線を感じながら。
(言えるわけないよ。本当のことなんて)
胸の奥がまた苦しくなった。
*
練習後、みんなが片づけをしている教室。
私は背伸びしながら、棚の上に置いた装飾用の布箱を取ろうと必死になっていた。
指先があと少しのところで届かなくて、思わずつま先立ちをする。
「……危なっかしいな」
低い声がすぐ横から聞こえた。
次の瞬間、すっと伸びた大きな手が箱を掴み、ひょいと軽々と下ろしてしまう。
「あ……ありがと」
受け取ろうとしたとき、ふいに距離が近づいた。
顔を上げれば、すぐそこに悠翔くんの横顔。
そのまま目が合って、時間が止まる。
「……お前、無理すんなよ」
彼は少し眉を寄せて、けれど照れ隠しみたいに目を逸らした。
「仕方ないじゃん。届かないんだもん」
「仕方なくても……俺、見てらんねぇから」
最後の一言は小さくて、聞き取れたのは私だけ。
彼の耳が赤く染まっているのを見て、胸が跳ねた。
(なに、この恋愛小説みたいな展開…!?)
「……」
返事をしようとしたのに、言葉が出てこなかった。
ただ心臓の音ばかりがやけに大きく響いて、全身が熱くなる。
ほんの数秒の沈黙。
でもその短さが、忘れられないほど長く感じられた。
(……やっぱり、ずるいよ)
もっと好きになっちゃうじゃん。
大道具を組み立てる音や、せりふを合わせる声、衣装係が針を動かす音まで混ざり合って、まるでひとつの大きな舞台の裏側にいるみたいだった。
かく言う私は、装飾のデザイン担当の子が体調不良で休んでしまった分をやっている。
黒板の端で、一人背景の下絵を広げていた。
色を重ねる筆先は震えてはいないはずなのに、胸の奥はざわざわして落ち着かない。
その理由は、少し離れた場所で楽しそうに笑い合う二人だった。
「ねぇ、ここってもうちょっとセリフ強めに言った方がいいかな?」
「そうだな。お前はヒロインなんだから、遠慮せず目立てばいいよ」
悠翔くんと、美咲。
練習の合間に台本を手に顔を寄せ合って話している。美咲は嬉しそうに笑っていて、悠翔くんも自然にそれに応じていた。
胸の奥が、きゅっと縮む。
親友の気持ちを知ったからこそ、二人の距離が近づいていくのを「よかったね」と思わなきゃいけない。
けれどそのたびに、息が詰まるように苦しかった。
(……私なんて、入る隙ないよね)
筆先に視線を止めて、そっと視線を逸らす。
でも、耳は勝手に二人の笑い声を追ってしまう。
新しくつけたインクは、私の心みたいにたくさんの色を含んでいて、濁り、暗かった。
――そんな心葉の様子に、悠翔くんが気づいていないはずがなかった。
*
練習が一段落したあと、私は絵の具を洗いに準備室へ向かった。
その帰り道、廊下の角でふいに立ち止まられる。
「……なぁ」
振り返ると、悠翔くんがいた。
いつもより真剣な顔で、少し言いにくそうに口を開いた。
「最近さ……なんで俺のこと避けるんだよ」
「え……?」
胸が跳ねた。
避けてるつもりなんてなかった。
ただ、どうしても目が合うと苦しくて。
言葉を交わせば、余計に気持ちを隠せなくなりそうで。
「別に……避けてなんかないよ」
咄嗟に笑顔を作る。けれど声は震えていた。
「ほんとに?」
悠翔くんの目は、どこか疑うように細められている。
言い訳なんて全部見透かされてしまいそうで、私は視線を逸らすしかなかった。
「……ごめん、作業戻るね」
逃げるように言って、教室へと歩き出す。
背中に悠翔くんの視線を感じながら。
(言えるわけないよ。本当のことなんて)
胸の奥がまた苦しくなった。
*
練習後、みんなが片づけをしている教室。
私は背伸びしながら、棚の上に置いた装飾用の布箱を取ろうと必死になっていた。
指先があと少しのところで届かなくて、思わずつま先立ちをする。
「……危なっかしいな」
低い声がすぐ横から聞こえた。
次の瞬間、すっと伸びた大きな手が箱を掴み、ひょいと軽々と下ろしてしまう。
「あ……ありがと」
受け取ろうとしたとき、ふいに距離が近づいた。
顔を上げれば、すぐそこに悠翔くんの横顔。
そのまま目が合って、時間が止まる。
「……お前、無理すんなよ」
彼は少し眉を寄せて、けれど照れ隠しみたいに目を逸らした。
「仕方ないじゃん。届かないんだもん」
「仕方なくても……俺、見てらんねぇから」
最後の一言は小さくて、聞き取れたのは私だけ。
彼の耳が赤く染まっているのを見て、胸が跳ねた。
(なに、この恋愛小説みたいな展開…!?)
「……」
返事をしようとしたのに、言葉が出てこなかった。
ただ心臓の音ばかりがやけに大きく響いて、全身が熱くなる。
ほんの数秒の沈黙。
でもその短さが、忘れられないほど長く感じられた。
(……やっぱり、ずるいよ)
もっと好きになっちゃうじゃん。