The Melody of My Love for Youー君への恋の旋律
学校から帰った妃那は、玄関で靴を脱ぐと同時に、鞄を放り投げるように部屋へ駆け込んだ。

暖房のスイッチを押すと、ぼおっと機械音が響き、冷えた空気が少しずつ温まっていく。

「……今日のこと、曲にしたい」

そう呟きながら、妃那は机の引き出しを開けた。

奥に隠してある作曲ノートを取り出す。

親に見つからないように、毎朝必ずしまっている秘密のノートだ。

タブレットを起動し、作曲アプリを開く。

画面の光が部屋を照らし、妃那の胸は期待で高鳴った。

思い浮かぶのは、授業中の律の姿。

眠り、イヤホンが転がり落ちた瞬間。

あの場面が、どうしても心から離れない。

ペンを握り、妃那はノートに走り書きを始めた。

『あなたの寝顔に 全部奪われて
片思いでも 今日が輝くなら
授業中さえ 光に変わって
私の心は 魔法に染まる』

文字を並べるたびに、胸の奥が熱くなる。

授業中なのに、律の存在がすべてを特別に変えてしまった。

「……これ、いいかも」

妃那は小さく呟き、タブレットにコードを打ち込み始める。

ピアノの旋律を試し、ギターを重ねる。

イヤホンから流れる音に耳を澄ませながら、律の寝顔を思い浮かべると、自然にメロディが広がっていった。

やがて、部屋の中は妃那の歌声と旋律であふれる。

「……もし、聴いてくれたら」

律がこの曲を耳にする未来を想像するだけで、妃那の頬は熱く染まった。

夜の9時。

本来なら机に向かって数学の問題を解いているはずの時間。

けれど妃那は、ペンを置いてしまった。

「……今日は、曲にしよう」

一度考え始めたら止まらない。

頭の中に浮かんだ旋律や言葉が、次々と頭に流れてくる。

勉強を削る罪悪感はあったけれど、まあ、たまにはいっかと開き直った。

机の引き出しから、秘密の作曲ノートを取り出す。

親に見つからないように毎朝しまい込んでいる、大切なノート。

タブレットを起動し、作曲アプリを開くと、画面の光が部屋を照らす。

「制作途中です」

そう呟きながら、妃那はギターを抱えた。

スマホを顔が映らない位置にセットし、内緒で買ったコンデンサーマイクを取り出す。

お小遣いをためてやっと手に入れたそのマイクは、妃那にとって小さな宝物だった。

親には「勉強する」と言って部屋にこもっている。

ピアノと、バイオリンの練習したいからと、防音にしてもらった部屋は、妃那が何度も頼み込んで手に入れたの空間。

外には音が漏れない。

だからこそ、心置きなく歌える。

ギターを鳴らし、サビの部分を弾き語りで録音する。

「あなたの寝顔に 全部奪われて……」

声を重ねるたびに、律の姿が鮮やかに蘇る。

授業中に眠る彼、転がり落ちたイヤホン、そして小さな会話。

撮影を終えると、再び机へ戻り、ノートとタブレットを行き来しながら旋律を組み立てていく。

ピアノのコードを試し、ギターを重ね、歌詞を打ち込む。

時間の感覚はすっかり消えていた。

気づけば5時間が過ぎていた。

「え、もう2時……?」

時計を見て慌てる。

深夜になってしまった。

急いで寝る準備を整え、ベッドに潜り込む。

けれど、最後にどうしてもやりたいことがあった。

「投稿だけ、、!」

眠い目をこすりながらスマホを操作する。

アップロードの待ち時間に、他の人の動画を眺めて「かわいいな」と思う余裕すらあった。

けれど、まぶたはどんどん重くなり、限界が近づいていた。

タイトルを適当に打ち込み、ハッシュタグを添えて、投稿ボタンを押す。

その瞬間、妃那の意識は糸が切れたように途切れ、スマホを握ったまま深い眠りに落ちていった。

次の日の朝。

まだ布団の温もりが残る中、妃那はスマホを手に取った。

画面に浮かんだ通知に、心臓が跳ねる。

《ritu.724 がコメントしました》

「……また?」

胸が高鳴り、コメントの時間を確認すると、夜中の3時。

思わず笑みがこぼれる。

「え、夜更かし……?」

昨日、自分は眠気に耐えられず、結局寝たのは2時半ごろだった。

けれど、その少し後にも、律が起きていて、コメントを残していたのだと思うと、なんだか不思議な縁を感じてしまう。

震える指で通知を開く。

そこに書かれていたのは、たった一言。

「さすが。いい曲!!自分の気持ちと一緒」

数秒、時間が止まったように固まる。

「……え?」

スマホが手から滑り落ち、布団の上に転がった。

慌てて拾い上げるが、心臓の鼓動は止まらない。

「自分の気持ちと一緒……って、どういうこと?」

頭の中で言葉がぐるぐると回る。

律が、自分の曲に褒めてくれている。

それだけでも信じられないのに、「気持ちと一緒」とまで言ってくれるなんて。

頬が熱くなり、思わず枕に顔を埋める。

「やば……どうしよう……」

昨日の授業中、律の寝顔を見て浮かんだ歌詞。

それを曲にして投稿したら、律が「自分の気持ちと一緒」と言ってくれた。

偶然なのか、それとも──。

秘密の「華音」としての自分と、片思いの「妃那」としての自分。

「……律くん……」

小さく名前を呼んで、妃那はスマホを胸に抱きしめた。

顔の熱さを冷ますように、妃那はスマホを握り直し、ほかの人のコメントをじっくり読み始めた。

「またまた神曲じゃん!」 「待ってました!」 「おお、冬の恋愛ソング!!」

画面に並ぶ言葉の数々に、自然と頬が緩んでいく。

自分の曲が誰かの心に届いている──その事実が、胸を温かく満たしていった。

「……うれしい」

思わず声に出してしまう。

ニヤニヤしながらスクロールしていると、ふと目に留まるコメントがあった。

「華音ちゃん、誤字ってる、かわいい笑」

「間違えてるよ~」

「え?」と慌ててタイトルを見返す。

確かに昨夜、「制作途中!また、フルあげます!」と打ったはずだった。

けれど、画面に表示されているのは──

『制作途中!また、フルはげます!』

「……はげます!?なにこれ!」

思わず爆笑してしまい、ベッドの上で転げ回る。

「昨日、寝ぼけてたからだ……」

恥ずかしさとおかしさが入り混じり、顔が真っ赤になる。

コメントをくれた人たちに「ありがとう笑 寝ぼけながら投稿してたからだw」と返す。

誤字すらも受け止めてくれる人たちがいることが、なんだか心強かった。

スマホを閉じると、時計の針が目に入る。

「……あ、もう行く時間!」

慌てて制服に着替え、マフラーを引っ掴む。

鞄を肩にかけ、家を飛び出すと、冷たい朝の空気が頬を刺した。

妃那は走りながら、心の中で小さく呟いた。

「……今日も、がんばろ」
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