幼なじみドクターはクールなふりして愛妻家

 その日は自分が麻酔を担当するオペがなく割と余裕のある一日だった。

 近いうちに手術を控えた患者さんたちを回診した後、夜勤担当の医師に業務を引き継いで、午後六時半ごろに仕事を終える。

 白衣を脱ぐと、後ろでひとつにまとめていた髪を下ろし、胸の辺りまである毛先を整える。オフィスを出る前に手鏡を軽く覗き、メイクがさほど崩れていないのを確認した。

 十代の頃から『大人っぽい』と言われ続けてきたくっきりとした顔立ちは、三十一歳の今ようやく年相応に見られるようになった気がする。

「雪村先生」

 病棟の廊下を歩いていたら、後ろから誰かに呼び止められる。振り向くと、そこにいたのは私の上司、麻酔科の部長である八家(はっけ)先生だった。

 天然パーマのふわっとした髪に黒縁眼鏡をかけた姿は医者というより科学者っぽい雰囲気。

 ふざけて冗談を言ったりするのが好きな先生だが、オペになると人が変わったようにその手腕を発揮する優秀な麻酔科医だ。

「八家先生。どうされました?」
「昨日のカンファで説明があった再来週のMVP、入れる? 俺、ミスってシフト入力間違えたみたいで、休みの日に自分の担当で入れちゃって」

 八家先生が苦笑して頭を掻く。彼は麻酔に関しては一流なのに、なぜか単純な事務作業は苦手なのだ。

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