幼なじみドクターはクールなふりして愛妻家
彼女の理想に近づきたいと思う気持ちに嘘はないのに、なぜかその逆の行動を取ってしまう。
大学の頃に一度美葉と離れ、この春同じ病院で勤めることになるまでは、うまくやれていたはずなのに。美葉本人がそばにいると、思考も手足の動作も制御できなくなることがある。
せっかく結婚までこぎつけたのに、これでは美葉の心を手に入れるどころか、どんどん幻滅させてしまう……。初心に返らなければ。
それから一週間。ひたすら反省の念と向き合う俺は、昼の休憩時間に糸結びのトレーニングをしていた。血管や皮膚の縫合をする時の、外科医の基本的な技術だ。
心が乱れている時は、これに限る。研修医の頃から暇さえあれば取り組んでいるが、オペに関する手技は正確さと速さの両方を求められるので、どんなに練習しても〝やりすぎ〟ということはない。
患者の体にかかる負担を考えたら、手術が早く終わるに越したことはないからだ。
糸結びに限らず、オペに必要な手技は練習を重ねれば重ねるほどうまくなる。おかげで俺が執刀するオペのスピードは上がっていた。
しかし、まだまだ上に行ける――。
糸を掴んだ指先を動かすことにいっそう集中していたその時、誰かが俺のデスクのそばにやってきて、バン、と両手をついた。