私の理想の王子様
(まさか、あの日に……?)

 朝子は目線を泳がせる。

(何で気がつかなかったの? 明らかに瑛太さんは、いつもと違ったのに……)

 朝子はぎゅっと目を閉じると、拳を握り締める。

 するとそんな朝子に、ミチルが静かに口を開く。


「どうも須藤さん、上司に『恋人がいるなら早めに言った方がいいぞ』ってアドバイスされて、首を振ったらしいんです」

「どういうこと……?」

「彼女の邪魔はしたくないから、何も言わずに行くつもりだって」

 ミチルの言葉に、朝子の頬を一筋の涙が零れていく。

 須藤がどんな思いでそう言ったのか想像したら、自分の鈍感さが悔してたまらなくなった。

 須藤は朝子の仕事のことを一番近くで応援してくれていた。

 だからこそ、何も言わずにアメリカに行こうとしたのだろう。

 きっと朝子がアメリカ赴任の話を聞けば、プレスリリースが間近に迫っていたとしても、恋と仕事の狭間で思い悩むだろうと思って……。


(本当に瑛太さんらしい考え方……)

 でもそれは、朝子にとっては辛すぎる考え方だ。

 朝子の頬をいくつも涙が零れていく。

 しばらくエントランスには、朝子の声を殺してすすり泣く音だけが響いていた。
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