私の理想の王子様
 朝子はチョコレートの箱の蓋をそっと開くと、一粒指先でつまむ。

 ハートの形をしたシンプルなチョコレートは、丸みを帯びた表面に金箔があしらわれていて艶やかに光っていた。

 朝子は指先を持ち上げると、そのハート形を夜空の月に重ねる。

 ぼんやりと重なった形は、まるで憂う心を映すようだ。


 しばらくじっと見つめていると、次第に自分の体温でチョコレートが溶けだした。

 それでも朝子はそれを口元に運ぶことができない。

 いつの間にか、朝子の目の前は涙でぼやけだしていた。

「瑛太さん」

 朝子がそう小さくつぶやいた時、「早くしないと、溶けちゃうよ」と朝子の耳元でささやく様な声が聞こえる。

 あまりにも懐かしすぎるその声に、朝子は時が止まったように固まった後、はっと目を見開いた。


「ほら、もう溶けちゃってるじゃない」

 その声の主はそう笑うと、朝子の指先ごとチョコレートを口元に運ぶ。

「嘘……どうして……」

 朝子はよろけるように立ち上がると、もうかすれてほとんど聞こえない声を出した。


「ねぇ朝子。会いたいときは、会いたいって言って良いんだよ」

 須藤はにっこりとほほ笑むと、朝子の腰に手を回す。

 朝子は顔を歪ませると、思い切りジャンプをして、須藤の首元に抱きついたのだ。
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